トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

幸せのパーティー

仕事を終えて自宅のアパートに帰ると、自転車置き場に、死にかけのサメが横たわっていた。 背びれのところに鞍が取り付けられているのを見るに、どうやらこいつに乗ってここに来た誰かがいるらしい。 今日は夜から雨が降るって言ってたから、ここに置いとい…

最後の

菜箸がフライパンの上でくるくる回っている。 バターを溶かしているのだ。 昨日まで、窓の外の最後の一葉が落ちたら私も死ぬんだと思い込んでいたけど、全然関係なかった。 参ったな。

出歯亀

ある夜、帰路の途中にあるドブ川の傍を通りかかった時、水がびしゃびしゃと波打っていることに気づいた。 昼間見ても濁っているこの汚い川に生き物なんて棲んでいるのか? 興味本位でしばらく目をこらしていると、ふいに波がしんと静まり返り、直後に川の中…

遅延

スーツを着た首のない人々が、朝の駅のホームにひしめき合っている。 彼らの頭を運んでくるはずの列車が、今朝は少し遅れているのだ。 時計を見る目も、アナウンスを聴く耳も、遅刻の言い訳を考える脳味噌もみんな列車の中だから、彼らは朝の光の中で立ち尽…

大脱走

食べられるのが嫌だったわけではなかったらしい。 冷蔵庫の中から逃げ出した豚足は今、玄関で私のハイヒールを履いて楽しそうに歩き回っている。

新世界より

靴を揃え、遺書を置き、未練を捨て、マンションの屋上から身を投げた瞬間、なぜか体がふわりと浮かび上がった。 叩きつけられる予定だったコンクリートが視界の先遥か遠くで、波間に漂う板のように頼りなく揺れている。 わけもわからず呆然としていると、ふ…

蝶が泣く

じょうろに水を溜めて庭に出ると、一匹の蝶が、プランターに植えてある花の上に突っ伏して泣いていた。 うずまき状の口からは細い嗚咽が漏れ、涙は茎を伝って土に染み込んでいる。 何だかその姿が、酔っ払った時の妹に似ていると思った。 今朝は朝から暑いか…

ごちそうさま

温めたコンビニ弁当を電子レンジから取り出そうとした瞬間、家のチャイムが鳴った。 しぶしぶ玄関に行きドアを開けたが、そこには誰もいなかった。 タイミングの悪い、しかも幼稚なイタズラに腹を立てつつ部屋に戻り、改めて電子レンジの扉を開けると、中か…

誕生

公園をジョギング中、敷地の隅に枯れた花壇を見つけた。 周りの花壇には鮮やかな花が咲き乱れているのに、その花壇一つだけが不自然に枯れ果てている。 休憩がてらぼんやりと眺めていたら、花壇の土がもこもこと盛り上がって蠢きはじめた。 モグラでもいるの…

修正

ある日、牧場で飼っている若い牝牛が、事務所に修正液を借りに来た。 何に使うんだと訊くと、この間生まれた子牛の模様が別れた旦那に似ているのが、どうしても気に食わないのだという。 とりあえず子牛を別の牛舎に移し、その日は強い酒を呑んで無理矢理眠…

一握の砂

ふたりしっかりと手をつないで歩いていたはずなのに、私の部屋の前に辿りついた時には、既に彼は私の手の中で一握りの砂になってしまっていた。 初めて本当に好きになった人だったんだけれど、神様は許してくれなかったみたいだ。 砂粒が少し湿っている。 私…

ピース

粉々に砕け散った私の骨を、一匹の蜜蜂が一つ一つ集めて、私を元に戻そうとしている。 私が生きていた頃、庭によく来ていたあの蜜蜂らしい。 右手の小指の先をふらふらと運んできた蜜蜂に、「女王様に叱られたらごめんね」と言うと、蜜蜂は勇ましく羽を鳴ら…

SF

母の墓参りに行ったら、墓石が黄色に点滅していた。 どこかに出かけているらしい。

ツタ

遊び人だった父の葬儀会場に、何かの植物のツタがにょろにょろと入ってきて、器用に線香をあげ、再びにょろにょろと帰っていった。 葬儀が終わった後、親戚や父の友人にさっきのツタについて訊いて回ったものの、結局正体はわからずじまいだった。 とりあえ…

種と扇風機

夏の暑さも和らいできたので扇風機を片付けようとすると、畳の上に小さな黒い種が落ちた。 スイカを食べた時に何かの拍子でくっついたのだろう。 種を拾い、庭に投げ捨てて扇風機を物置にしまった。 * 翌年のある春の日のことだった。 ふと庭を見ると、去年…

擬態

てっきり子猫だと思って拾ってきたのだが、掌に乗せて差し出した餌を、こいつ、耳の穴で吸い込みやがった。

花火女

花火女のクミコさんが、火薬の詰まった頭を氷枕にのせて、悔しそうに夏祭りの灯りを眺めている。 「来年こそは打ち上がってやる」と彼女は意気込んでいるが、俺としてはその前にプロポーズするつもりだ。

蛸の絵

漁港に遊びに行った帰り、蛸を丸ごと一匹買い、生きたまま発泡スチロールの箱に詰めてもらった。 家に帰る車中で、一緒に遊びに行った娘が、バッグに入れておいた色鉛筆をなくしたと騒ぎ出したので、途中文房具屋に寄って新しい色鉛筆を買っていった。 家に…

猫の粒

飼いはじめたばかりの猫が逃げてしまった。 猫の粒を水で戻す時に、水の分量を適当に量ってしまったせいだろう。 もったいないことをした。 猫の粒、高かったのに。 「本物に近い」ってやつ買ったから。 本物知らないけど。

副業

彼女の大きなおっぱいに顔を埋めると、左のおっぱいから誰かの話し声がぼそぼそと聞こえてきた。「ごめんね、左も貸しちゃった」「……」「優しそうなおばあちゃんだったから……」 彼女のおっぱいだから俺がどうこう言えることじゃないけど、出来ればこんな副業…

笑う剥製

夫に浮気がバレそうな予感がしてきたので、面倒なことになる前に浮気相手を剥製にして、クローゼットの奥に隠すことにした。 表情やポーズは私が好きに決めていいと彼が言ってくれたので、彼の笑顔が好きだから剥製も笑顔にしてみたのだが、最近そのことをち…

今昔物語

押入れの奥から出てきたスケッチブックに、小さな掌のスケッチが描かれていた。 確か当時小学生だった私が、自分の掌を見て描いたものだ。 懐かしい気持ちで眺めていると、突然掌がスケッチブックからにゅっと飛び出てきて、私のおっぱいをわしづかみにして…

保護者の皆様へ

小さい子の手が届く場所にハサミを放置しておいてはいけないとつくづく思い知った。 昨日の夜、夕飯の片づけをしていたら、3歳になる娘が工作用のハサミを持ってベランダに出ていった。 何か嫌な予感がして慌てて追いかけると、夜空に浮かぶ月がウサギさんの…

ハードボイルド

将来を誓い合ったミミズに別れを告げる間もなく、ジャガイモは畑から掘り出され、鍋に放り込まれた。 これでいいのさ。 どのみち俺じゃあ、あの子を幸せにはしてやれない。 鍋の外では、新婚の奥さんがエプロン姿のまま、帰宅した夫の首に抱きついている。 …

不合格

休日をほぼ丸々使って完成させた犬小屋だったが、愛犬は舌打ちとともに小屋を一瞥し、チェーンソーをくわえて近くの森の中へ消えていった。

掌編集・十七「震え、抵抗、魔女と線香花火」

【一.震え】 お母さんが夕飯の支度をしている台所から、包丁をまな板に叩きつける音とともに、短い悲鳴のようなものが聞こえてきた。 あれはやっぱり見間違いじゃなかったんだ。 スーパーから帰ってきたお母さんが手に提げていたビニール袋の中で、何かが手…

日焼け

海辺の町の小さな児童公園で、地元の子どもたちに混じって、真っ黒に日焼けしたミロのヴィーナスの両腕がトンボ捕りに興じている。 いやぁ、楽しそうで何よりだ。 * 両腕は突然この町に現れた。 漁船の網に引っかかったのか、のんびりと海流に乗ってここま…

掌編集・十六「やさしさ、窓と卵、雨と野良猫」

【一.やさしさ】 シャンプーを洗い流そうとシャワーの栓をひねったが、お湯が出ている音はするのに、お湯が頭に当たっている感じがしない。 そっと目を開けると、誰かが私の頭上で傘をさしていた。 【二.窓と卵】 昨日買った卵の一つに、小さな窓がついて…

掌編集・十五「象は賢い動物です、櫛、骨め」

【一.象は賢い動物です】 象は賢い動物です。 たとえばあの象を見てください。 長い鼻でペンチを器用に操って、壊れた飼育員を自分で修理していますね。 本当は飼育員がいなくても生きていけるのですが、飼育員の家族が泣いているのを見て修理することにし…

栓と鮫

年のせいなのか疲れのせいなのか、どうもどこかの栓がゆるくなっているらしい。 最近、しょっちゅう夢が外にはみ出す。 この間も、電車のつり革を握ったまま立ち寝してしまっていたところ、突然駅員に恐ろしい声でたたき起こされた。 びっくりして顔を上げる…