トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

トモコからきいた話

熱と指

湯が沸いてやかんがピーピー鳴き出したので台所に行くと、見知らぬ女がコンロの前にぼーっと立っていて、熱い湯気をしゅんしゅん噴き出すやかんの口に人差し指を突っ込んでいた。 蓋を開けたままのカップラーメンを握りしめながら、どうしたものか考えている…

雨に溶ける人

雨の夜、歩道橋の上に、雨に溶ける人が立っていた。 雨に溶ける人は、傘もささずに、車列のライトをぼーっと眺めていた。 私はいつもより静かに歩道橋の階段をのぼり、雨に溶ける人を遠くから眺めていた。 雨に溶ける人は、少しずつ雨に溶けながら、外国の歌…

峠の我が家

買ったけれど読まずに積んでおいた本の山のてっぺんに、いつの間にか小さな家が建っていた。健康そうな若夫婦と、幼い子どもがしょっちゅう出入りしている。 これでいよいよ本が読めなくなってしまった。積み上げられた本の山にちょっと触れるだけでも、家を…

クローゼット

家に帰ると、クローゼットが扉をばたばたさせながら何か歌を歌っていた。保安官バッヂをつけた象に踏み殺されたワニのギャングとかそんな歌だった。何だその歌。うるさかったので思いっきり蹴って黙らせた。 翌日、クローゼットの扉を開けると、すべての服に…

白い土と赤い種

夜の商店で、缶詰を買った。寂しかったのだ。家に帰り蓋を開けると、女の綺麗な白い手首が現れた。 そっと手を握ると、握り返してきた。汗ばんで温かかった。爪には赤いマニキュアが塗られていた。 枕元に缶詰を置き、手を握って眠ることにした。白い手首は…

遊園地と酒(改訂)

電話で自宅に遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。 注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をしている…

虹と獣

明け方にようやく雨は上がり、街の空に虹がかかった。あまりに見事な虹だったので、ベランダに出てぼーっとそれを眺めていると、辺りが急に獣臭くなった。尋常ではない臭いだったので、部屋の中に戻り、慌ててガラス戸を閉めた。顔を上げると、獣臭さの原因…

花と花

看護婦が、眠り続ける患者のパジャマを脱がせる。患者の体には無数の花が咲いている。昨日の朝に摘み取ったばかりなのに、瑞々しい赤い花が、患者の体中に根を張って、甘い香りを放っている。 この看護婦の仕事は、患者の体を拭くことだから、この花を綺麗に…

水と空

朝起きてトイレに行くと、便器の中に青空が広がっていた。 寝起きの頭ではうまく状況が飲み込めそうになかったので、ひとまずいつも通りにおしっこをして水を流した。 廊下に出ると階段の下が騒がしい。おじいちゃんが何かぎゃあぎゃあ言っているようだ。 自…

月と海猫

丘の上の公園にある休憩所の屋根の上で、猫が月に向かってにゃあにゃあ鳴いている。何をしていると尋ねると猫は、 「月に歌を覚えさせているんです」 と私の声で答えた。 慌てて声を出そうと腹に力を入れると、金属製の薄いヘラで喉の内側を撫でられているよ…

影とアヒル

影が水っぽい。疲れることばかり続いているせいかもしれない。歩くとちゃぽちゃぽ音がする。神経に障る音だ。近所の子どもが面白がって後ろを付いてくる。しかし追い払う気力もない。 ふいに、とぷん、と何かが投げ込まれる音がした。振り返るとさっきの子ど…

埃男(怪談)

(夕暮れ。公園の公衆トイレ。) (疲れた顔の男が入ってくる。) (墓石のように並んだ小便器の一番奥に人影が見える。) (男は人影と離れた小便器の前に立つ。) (人影は用を足しているふうでもなく、ただひたすら股間の辺りをもぞもぞといじっている。…

象さんの幽霊

(夏のある日。墓地。立ち並ぶ墓石が、強い日差しを浴びてきらきらと輝いている。) (妙齢の女が一つの墓石に向かって静かに手を合わせている。) (その後ろで、女の幼い息子が退屈そうに、乾いた地面に這う羽蟻を眺めている。) (ふいにずん、と地響きが…

月と夜空

味噌汁に月が映っていた。すすったら前歯にこつりとぶつかった。 思ったより腹の足しになったが、夜空は真っ暗になってしまった。

照準と標的

友人の結婚披露宴に出席した。 ウェディングドレスを着た友人は本当に綺麗だった。しかしその表情は硬かった。 新郎は背が高く、色白で、いかにもおとなしそうな人なのだが、今、その新郎側の席には、おっぱいに火器の搭載された女性型のロボットがたくさん…

機械を借りて

ようやく順番が回ってきたので、死ぬことにした。親族や知人にその旨葉書を出し、役所から死ぬための機械を借りてきた。枕元に機械を置いてスイッチを入れると、無事に私は死ぬことになった。 それはある穏やかな春の朝のことで、私の部屋には、かつて私が機…

どきどき

河原を歩いていたら、大きな石を見つけた。白くて滑らかで、柔らかそうな石だった。 何だか堪らなくなり、思わず拾い上げたそのとき、どこかから声が聞こえてきた。 「あの……それ、私のおっぱいなので、持っていかないでください」 周りを見回すと、川底に捨…

やみ夜

月も星もないやみ夜の下を歩いていたら、なんだか食欲を誘う良い匂いが、空からふわふわ降りてきた。 ふと見上げると、夜空の真ん中でバターの塊が溶けている。はっと気がついたときには、じゅうじゅうと香ばしい音を立てるやみ夜に向かって、まっ逆さまに落…

ハサミと下心

新入社員のかわいい女の子は、両手が蟹のハサミだった。 歓迎会の二次会で、たまたま二人きりになったとき、酔った勢いに任せて、「ちょっと挟んでみてよ」と言いながら手を差し出したら、「皆さんそうやって口説いてくるんですよ」と言われた。 すごく恥ず…

地獄と炎

拷問ポイントが貯まったので、お前を焼く業火の色を選べます、と地獄の鬼に言われたが、周りの罪人たちから浮きたくなくて、結局プレーンを選んでしまった。 本当はレモンイエローが良かったのに。 地獄に落ちても、結局僕は何も変わらなかった。

袋の中身と夕暮れの部屋

夕日の差し込む、小さな部屋に、私とその人がいる。私は窓辺に腰かけて、その人が好きな漫画を読んでいる。その人は薄い布団にくるまって、私の好きな画集をめくっている。遠くで犬が鳴いている。 「背中がかゆい」 とその人が言う。 「そう」 と私が答える…

黴と沈黙

その鯨は、一人ぼっちで生まれて、一人ぼっちで暮らしていたので、それを見てたくさんの船乗りが、鯨の物語を作った。 あるとき鯨は、さびしくなって、陸に上がったが、村の灯りを見つけたところで、力尽きてしまった。それを聞きつけて、たくさんの旅人が、…

影と悪戯

(キッチンの白いテーブルクロスの上に、真っ赤な林檎が置かれている。柔らかい午後の陽にてらされて、林檎から青みがかかった影が伸びている。) (古くさい椅子に腰掛けて、静かに寝息を立てていたKちゃんが、林檎の香りに鼻をくすぐられ、ふと目を覚ます…

耳と目

「必ず回収しに来るから」と言い残し、宇宙飛行士たちはロケットで去っていく。 小さな惑星に取り残されたロボットの耳が錆びていく。 地球の音が聞こえなくなっていく。 ロボットは地球の方角を見つめながら、ゆっくり朽ち果てていく。 人工衛星のカメラが…

生活と契約

世界征服を目論む悪の組織の、事務課に勤めている。 正義の味方の資料のコピーや改造人間たちの給与計算やマッドサイエンティストへのお茶出しに日を費やしていたが、今朝、「人員不足と経営難によりこのたび、全職員を動員した最終作戦を実行します」と書か…

フキダシと卵

丘の上の大きな木の下で、娘と昼寝をしていたら、木に巣を構えていた黄色い鳥が卵を産んで、それが娘のフキダシの中に落っこちてきた。 その時娘は寝言も漏らさず、フキダシの中は空っぽだったから、鳥の卵は娘のフキダシに居座る形となった。 目覚めてから…

肉と翼

図書館でいきものの図鑑を借りた。 公園で弁当を食べながら眺めているうち、見開きいっぱいに鳥の骨格が描かれているページを開いたまま、ベンチで居眠りしてしまった。 はっと目が覚めたときには、骨だけの鳥が図鑑から抜け出して、空の向こうへ飛んでいく…

レインコートとペニー・レーン

朝、寝ぼけ眼で冷蔵庫の扉を開けると、冷蔵庫の中に大雨が降っていた。 詰め込まれた野菜と果物の上に、水玉模様のレインコートと長靴が放られている。立ち並ぶ調味料の間には、何だかお洒落な街灯が生えていて、泡立つ水たまりに光の粒が反射していた。 キ…

果実と仕事

林檎を齧ったら、中が空洞になっていて、ヘルメットをかぶった小さなおじさんたちが、林檎の果肉を皮の内側に、漆喰の要領で塗っている途中だった。 小さなおじさんたちは私と目が合うと、決まり悪そうに頭をかいて、林檎から飛び出していった。 残されたス…

旅と足跡

宇宙飛行士だった夫は、月に行ったとき、地球に向かって真っ直ぐ続く小さな足跡と、その横に見たこともない文字で綴られた、一枚の手紙がそっと置かれていたのを見つけたらしい。 夫はその手紙を今でも、誰かの遺書だと考えているが、私はラブレターだったん…

青空と空白

青空をさらって、身代金を要求したが、いつまで待っても誰も迎えに来ない。 はじめ気丈にふるまっていた青空も、三日が過ぎる頃には、うつむいて、鼻をすすり、眼差しは放心していた。肩を抱いて慰めてやりたかったが、肩がどこにあるのかわからない。 五日…

ヴィーナスとダッチワイフ

ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。 ダッチワイフがパンにバターを塗るとき、それから給仕にチップを渡すとき、熟れて落ちた海底の両腕を思い出すからだ。 ダッチワイフが息を吐くたびに、石鹸の匂いがするのも気にくわない…

雨と毒蛙

私の住んでいるアパートの共同トイレには、毒蛙のゆうれいが出る。昼夜問わず窓枠に陣取り、怒ったように頬を膨らませている。誰かに踏まれて死んだのか、背中には靴底の跡らしきものが残り、口からはちょっと内臓らしきものが飛び出ている。悪さをするわけ…

桃と骨

「急患です」という叫び声と、インターホンを激しく連打する音で、夜中に叩き起こされた。 慌ててパジャマの上に白衣を羽織り、ねぼけた足で診察室に行くと、いきなり腐ったような甘いにおいが鼻をついた。見ると丸椅子の上に、桃が一つ置かれている。待合室…

青い羽根とささやかな欲望

たくさんの鳩がかたまって、男のようなかたちになったものと、イメクラの待合室でいっしょになった。週刊誌を読むふりをして観察していると、鳩がかたまって男のようなかたちになったものは、ペラペラの安い生地で出来たセーラー服を、きちんと折りたたんで…

月と猫

病院のベッドから窓の外を見ると、空に立派な三日月と、三日月にしがみつく黒い大猫の姿が見えた。猫はふさふさした前足で必死に三日月の端を掴み、ずり落ちないように踏ん張っていて、夜空に投げ出された後ろ足は、じたばたとむなしく空を切っている。目を…

かき氷としっぽ

お父さん、どうしたの、会社は? なぁ、あの、うち、あれなかったっけ、かき氷作るやつ。 え? あるじゃん、手回しでさ、氷ガリガリ削るやつ。 あ、あー、はいはい、あるけど、何? 貸して。 え、今? うん、ここで使ってすぐ返す。 何それ? いいから。 ああ、そ…

象とラジオ

死にかけた象はラジオを受信する。本当の話だ。小学生のとき、近所のお姉さんと真夜中の動物園に忍び込んで、死にかけた象で落語を聞いたことがある。途中で象が死んでしまったから、落語のオチがわからなかったのをよく覚えている。 お姉さんとは今でも連絡…

茶碗と暁

夜の闇が濃くなると、私は屋根に上がり、夜空を茶碗ですくって、それから一気に飲み込む。とても不味い。一応鼻をつまんではいるが何の意味もない。そういう次元の不味さではない。飲み込むたびに、胃と胸がチョコレートフォンデュのように肥溜めに浸される…

爪と図書館

腹をミサイルでえぐられて、怪獣は死んだ。役所は、海にでも宇宙にでも死体を運んで捨てようとしたが、それは大きすぎたし、怪獣の肉や骨や銀色に光る産毛は、いつまで経ってもまったく腐る気配がなかった。そこで、怪獣の腹に開いた穴に図書館が入ることに…

詩とやかん

一所懸命に書いた詩だったが、台所で湯が沸いて、やかんの音がピーッと響くと、それに驚いて文字たちがノートから逃げ出してしまった。真っ白に戻ったノートのページには、私の手のあぶらの跡だけが残っていた。夏の晩のことで、いっそ裸で寝てしまおうと思…

モザイクと猫

学校から帰ってきた息子の顔に、モザイクがかかっていた。クラスで何かあったのかもしれない。ピンセットと消毒液で湿らせた綿棒をつかって一つ一つモザイクを剥がし、さりげなく事情を聞こうとしたが、剥がし終わらないうちからペラペラ喋るもんだから、言…

赤い心臓と擬態する蝶

木の葉に擬態する蝶の仲間が私の胸にはりついて、私の胸のふりをしている。 今朝起きたら、背中に鋭い痛みが走った。体をひねって鏡を見ると、背中に大きな傷があり、そこから蜜がしみ出ていた。蝶はきっとこの蜜に誘われてやってきたのだと思う。蜜は少し川…

姫と王子

コンビニの棚でお姫様が眠っていた。 実際どういう素性のやつかなんて知らないが、見た目はもう「お姫様」としかいいようのない女で、枕元にはごていねいにかじりかけの林檎まで転がっている。昨日までこの棚にひしめいていたポテトチップスやチョコレートは…

蛸と毛

放課後、誰もいなくなった体育館で一人、部活の後片づけをしているとき、ボールや跳び箱がしまわれている倉庫の隅に、蛸がいるのに気がついた。変な音がするなと思ったら蛸だった。天井や壁には這った跡らしいぬるぬると光る線が残っていた。 蛸のいる辺りの…

紅葉の栞と象の小屋

毎日夕方になると、近所の通りを、白い象がのしのしと歩いてくる。象は派手な化粧をして、棒キャンディーをくわえている。首にはきれいな女の人の写真が何枚もぶら下がっている。 象を引いているのはよぼよぼのおじいさんで、象の背中に乗っているのは血色の…

耳と晩餐

橋の上で耳を拾った。小ぶりで形の良い耳だった。ポケットに余裕があったので持ち帰ることにした。 家に帰り、こんなに形の良い耳だから何に使おうか迷いつつ、手のひらに置いて眺めていると、ちょっと傾けたときに、耳の穴から何か、白っぽい糸のようなもの…

靴としっぽ

出かける時間だったので玄関に行くと、昨日の晩に並べておいたお気に入りの靴が、何かのしっぽを踏んでいた。ふさふさした毛並みのしっぽで、まだらな模様がついている。妙に触りたくなるしっぽだった。靴をどかすとぴくりと動いた。 しっぽを辿っていくとド…

虹色の花と屋上の月

管理しているマンションの屋上に、虹色の花が咲いた。 はじめは人差し指くらいの大きさだったが、朝見るたびに背が伸びていた。どうやら夜の間に月明かりを吸って大きくなるらしかった。珍しいので鉢に移そうかとも思ったが、勝手に大きくなるので育てがいが…

走る男と走った男

考え事をしながら町を歩いていると、バスとすれ違った。 天井がやたら高いバスで、水の上を滑るように、夕景の中を音もなく走っていた。 窓から見える座席には、土の塊が乗っていた。どれも元は人間だったらしいことが、あちこちからはみ出しているメガネや…