トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。だいたい土曜日更新。

トモコからきいた話

照準と標的

友人の結婚披露宴に出席した。 ウェディングドレスを着た友人は本当に綺麗だった。しかしその表情は硬かった。 新郎は背が高く、色白で、いかにもおとなしそうな人なのだが、今、その新郎側の席には、おっぱいに火器の搭載された女性型のロボットがたくさん…

機械を借りて

ようやく順番が回ってきたので、死ぬことにした。親族や知人にその旨葉書を出し、役所から死ぬための機械を借りてきた。枕元に機械を置いてスイッチを入れると、無事に私は死ぬことになった。 それはある穏やかな春の朝のことで、私の部屋には、かつて私が機…

どきどき

河原を歩いていたら、大きな石を見つけた。白くて滑らかで、柔らかそうな石だった。 何だか堪らなくなり、思わず拾い上げたそのとき、どこかから声が聞こえてきた。 「あの……それ、私のおっぱいなので、持っていかないでください」 周りを見回すと、川底に捨…

やみ夜

月も星もないやみ夜の下を歩いていたら、なんだか食欲を誘う良い匂いが、空からふわふわ降りてきた。 ふと見上げると、夜空の真ん中でバターの塊が溶けている。はっと気がついたときには、じゅうじゅうと香ばしい音を立てるやみ夜に向かって、まっ逆さまに落…

ハサミと下心

新入社員のかわいい女の子は、両手が蟹のハサミだった。 歓迎会の二次会で、たまたま二人きりになったとき、酔った勢いに任せて、「ちょっと挟んでみてよ」と言いながら手を差し出したら、「皆さんそうやって口説いてくるんですよ」と言われた。 すごく恥ず…

地獄と炎

拷問ポイントが貯まったので、お前を焼く業火の色を選べます、と地獄の鬼に言われたが、周りの罪人たちから浮きたくなくて、結局プレーンを選んでしまった。 本当はレモンイエローが良かったのに。 地獄に落ちても、結局僕は何も変わらなかった。

袋の中身と夕暮れの部屋

夕日の差し込む、小さな部屋に、私とその人がいる。私は窓辺に腰かけて、その人が好きな漫画を読んでいる。その人は薄い布団にくるまって、私の好きな画集をめくっている。遠くで犬が鳴いている。 「背中がかゆい」 とその人が言う。 「そう」 と私が答える…

黴と沈黙

その鯨は、一人ぼっちで生まれて、一人ぼっちで暮らしていたので、それを見てたくさんの船乗りが、鯨の物語を作った。 あるとき鯨は、さびしくなって、陸に上がったが、村の灯りを見つけたところで、力尽きてしまった。それを聞きつけて、たくさんの旅人が、…

影と悪戯

(キッチンの白いテーブルクロスの上に、真っ赤な林檎が置かれている。柔らかい午後の陽にてらされて、林檎から青みがかかった影が伸びている。) (古くさい椅子に腰掛けて、静かに寝息を立てていたKちゃんが、林檎の香りに鼻をくすぐられ、ふと目を覚ます…

耳と目

「必ず回収しに来るから」と言い残し、宇宙飛行士たちはロケットで去っていく。 小さな惑星に取り残されたロボットの耳が錆びていく。 地球の音が聞こえなくなっていく。 ロボットは地球の方角を見つめながら、ゆっくり朽ち果てていく。 人工衛星のカメラが…

生活と契約

世界征服を目論む悪の組織の、事務課に勤めている。 正義の味方の資料のコピーや改造人間たちの給与計算やマッドサイエンティストへのお茶出しに日を費やしていたが、今朝、「人員不足と経営難によりこのたび、全職員を動員した最終作戦を実行します」と書か…

フキダシと卵

丘の上の大きな木の下で、娘と昼寝をしていたら、木に巣を構えていた黄色い鳥が卵を産んで、それが娘のフキダシの中に落っこちてきた。 その時娘は寝言も漏らさず、フキダシの中は空っぽだったから、鳥の卵は娘のフキダシに居座る形となった。 目覚めてから…

肉と翼

図書館でいきものの図鑑を借りた。 公園で弁当を食べながら眺めているうち、見開きいっぱいに鳥の骨格が描かれているページを開いたまま、ベンチで居眠りしてしまった。 はっと目が覚めたときには、骨だけの鳥が図鑑から抜け出して、空の向こうへ飛んでいく…

レインコートとペニー・レーン

朝、寝ぼけ眼で冷蔵庫の扉を開けると、冷蔵庫の中に大雨が降っていた。 詰め込まれた野菜と果物の上に、水玉模様のレインコートと長靴が放られている。立ち並ぶ調味料の間には、何だかお洒落な街灯が生えていて、泡立つ水たまりに光の粒が反射していた。 キ…

果実と仕事

林檎を齧ったら、中が空洞になっていて、ヘルメットをかぶった小さなおじさんたちが、林檎の果肉を皮の内側に、漆喰の要領で塗っている途中だった。 小さなおじさんたちは私と目が合うと、決まり悪そうに頭をかいて、林檎から飛び出していった。 残されたス…

旅と足跡

宇宙飛行士だった夫は、月に行ったとき、地球に向かって真っ直ぐ続く小さな足跡と、その横に見たこともない文字で綴られた、一枚の手紙がそっと置かれていたのを見つけたらしい。 夫はその手紙を今でも、誰かの遺書だと考えているが、私はラブレターだったん…

青空と空白

青空をさらって、身代金を要求したが、いつまで待っても誰も迎えに来ない。 はじめ気丈にふるまっていた青空も、三日が過ぎる頃には、うつむいて、鼻をすすり、眼差しは放心していた。肩を抱いて慰めてやりたかったが、肩がどこにあるのかわからない。 五日…

ヴィーナスとダッチワイフ

ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。 ダッチワイフがパンにバターを塗るとき、それから給仕にチップを渡すとき、熟れて落ちた海底の両腕を思い出すからだ。 ダッチワイフが息を吐くたびに、石鹸の匂いがするのも気にくわない…

雨と毒蛙

私の住んでいるアパートの共同トイレには、毒蛙のゆうれいが出る。昼夜問わず窓枠に陣取り、怒ったように頬を膨らませている。誰かに踏まれて死んだのか、背中には靴底の跡らしきものが残り、口からはちょっと内臓らしきものが飛び出ている。悪さをするわけ…

桃と骨

「急患です」という叫び声と、インターホンを激しく連打する音で、夜中に叩き起こされた。 慌ててパジャマの上に白衣を羽織り、ねぼけた足で診察室に行くと、いきなり腐ったような甘いにおいが鼻をついた。見ると丸椅子の上に、桃が一つ置かれている。待合室…

青い羽根とささやかな欲望

たくさんの鳩がかたまって、男のようなかたちになったものと、イメクラの待合室でいっしょになった。週刊誌を読むふりをして観察していると、鳩がかたまって男のようなかたちになったものは、ペラペラの安い生地で出来たセーラー服を、きちんと折りたたんで…

月と猫

病院のベッドから窓の外を見ると、空に立派な三日月と、三日月にしがみつく黒い大猫の姿が見えた。猫はふさふさした前足で必死に三日月の端を掴み、ずり落ちないように踏ん張っていて、夜空に投げ出された後ろ足は、じたばたとむなしく空を切っている。目を…

かき氷としっぽ

お父さん、どうしたの、会社は? なぁ、あの、うち、あれなかったっけ、かき氷作るやつ。 え? あるじゃん、手回しでさ、氷ガリガリ削るやつ。 あ、あー、はいはい、あるけど、何? 貸して。 え、今? うん、ここで使ってすぐ返す。 何それ? いいから。 ああ、そ…

象とラジオ

死にかけた象はラジオを受信する。本当の話だ。小学生のとき、近所のお姉さんと真夜中の動物園に忍び込んで、死にかけた象で落語を聞いたことがある。途中で象が死んでしまったから、落語のオチがわからなかったのをよく覚えている。 お姉さんとは今でも連絡…

茶碗と暁

夜の闇が濃くなると、私は屋根に上がり、夜空を茶碗ですくって、それから一気に飲み込む。とても不味い。一応鼻をつまんではいるが何の意味もない。そういう次元の不味さではない。飲み込むたびに、胃と胸がチョコレートフォンデュのように肥溜めに浸される…

爪と図書館

腹をミサイルでえぐられて、怪獣は死んだ。役所は、海にでも宇宙にでも死体を運んで捨てようとしたが、それは大きすぎたし、怪獣の肉や骨や銀色に光る産毛は、いつまで経ってもまったく腐る気配がなかった。そこで、怪獣の腹に開いた穴に図書館が入ることに…

詩とやかん

一所懸命に書いた詩だったが、台所で湯が沸いて、やかんの音がピーッと響くと、それに驚いて文字たちがノートから逃げ出してしまった。真っ白に戻ったノートのページには、私の手のあぶらの跡だけが残っていた。夏の晩のことで、いっそ裸で寝てしまおうと思…

モザイクと猫

学校から帰ってきた息子の顔に、モザイクがかかっていた。クラスで何かあったのかもしれない。ピンセットと消毒液で湿らせた綿棒をつかって一つ一つモザイクを剥がし、さりげなく事情を聞こうとしたが、剥がし終わらないうちからペラペラ喋るもんだから、言…

赤い心臓と擬態する蝶

木の葉に擬態する蝶の仲間が私の胸にはりついて、私の胸のふりをしている。 今朝起きたら、背中に鋭い痛みが走った。体をひねって鏡を見ると、背中に大きな傷があり、そこから蜜がしみ出ていた。蝶はきっとこの蜜に誘われてやってきたのだと思う。蜜は少し川…

姫と王子

コンビニの棚でお姫様が眠っていた。 実際どういう素性のやつかなんて知らないが、見た目はもう「お姫様」としかいいようのない女で、枕元にはごていねいにかじりかけの林檎まで転がっている。昨日までこの棚にひしめいていたポテトチップスやチョコレートは…

蛸と毛

放課後、誰もいなくなった体育館で一人、部活の後片づけをしているとき、ボールや跳び箱がしまわれている倉庫の隅に、蛸がいるのに気がついた。変な音がするなと思ったら蛸だった。天井や壁には這った跡らしいぬるぬると光る線が残っていた。 蛸のいる辺りの…

紅葉の栞と象の小屋

毎日夕方になると、近所の通りを、白い象がのしのしと歩いてくる。象は派手な化粧をして、棒キャンディーをくわえている。首にはきれいな女の人の写真が何枚もぶら下がっている。 象を引いているのはよぼよぼのおじいさんで、象の背中に乗っているのは血色の…

耳と晩餐

橋の上で耳を拾った。小ぶりで形の良い耳だった。ポケットに余裕があったので持ち帰ることにした。 家に帰り、こんなに形の良い耳だから何に使おうか迷いつつ、手のひらに置いて眺めていると、ちょっと傾けたときに、耳の穴から何か、白っぽい糸のようなもの…

靴としっぽ

出かける時間だったので玄関に行くと、昨日の晩に並べておいたお気に入りの靴が、何かのしっぽを踏んでいた。ふさふさした毛並みのしっぽで、まだらな模様がついている。妙に触りたくなるしっぽだった。靴をどかすとぴくりと動いた。 しっぽを辿っていくとド…

虹色の花と屋上の月

管理しているマンションの屋上に、虹色の花が咲いた。 はじめは人差し指くらいの大きさだったが、朝見るたびに背が伸びていた。どうやら夜の間に月明かりを吸って大きくなるらしかった。珍しいので鉢に移そうかとも思ったが、勝手に大きくなるので育てがいが…

走る男と走った男

考え事をしながら町を歩いていると、バスとすれ違った。 天井がやたら高いバスで、水の上を滑るように、夕景の中を音もなく走っていた。 窓から見える座席には、土の塊が乗っていた。どれも元は人間だったらしいことが、あちこちからはみ出しているメガネや…

月と煙草

いきさつはもうすっかり忘れてしまったが、少年の頃、夜中に家出をしたことがある。 行くあてもなくふらふらと街を歩き回った挙句、疲れて土手に座り込んでいると、ふと頭上に大きな月が昇っているのが見えたので、正直に告白してしまうと、そのとき私はやけ…

駅と口笛

朝の満員電車に揺られているとき、不意に胸に何か違和感を感じてそっと手を当ててみたら、ピクリとも動かなかった。心臓が止まってしまったようだ。なぜかほっとして窓の外を見ると、まだ一月だというのに馬鹿でかい入道雲が空の真ん中でふんぞり返っていた…

根と林檎

満員電車に巨大な赤い林檎が乗っている。ぎゅうぎゅう詰めになった人々の顔、吊り広告、蛍光灯、新聞、ため息なんてものがよく光る林檎の表面に映りこんでいる。混んでいる車内で無闇に大きい林檎の存在は邪魔そのものだが、疲れているときに寄りかかること…

うなじと微笑

夕飯の時、些細なことで女房と口論になった。一応謝ったのだが、女房はベッドに入ってからも、いつまでもめそめそ泣いていた。なだめたが益々調子に乗って泣きわめくので、呆れて布団をかぶった。 次の日目が覚めると、女房は水たまりになっていた。中を覗く…

屋根と心臓

父に新しい心臓を買ってもらった。医者の薦めもあり、今使っているものより少し高いものを選んだ。どうせすぐに古くなってしまうので何を買っても一緒なのだが、むきになって反論し困らせる必要もないので、父の言うとおりにした。 買ってもらった心臓を部屋…

星と笛

好きな女の子の縦笛を舐めるために、夜の教室に忍び込んだ。人気のない教室は独特のにおいがした。夜の空気に晒されて耳や頬が冷たくなっているのがわかった。 好きな女の子のロッカーを開け、縦笛を取り出す。ビニール製のケースの皺の一本一本が月明かりに…

鳥と顔

毎朝部屋の窓辺に小鳥が集まってくる。人に慣れているので、羽や背中を触ってもちっとも逃げようとしない。胸を指でさわさわと撫でてやると、うっとりとした表情になり、喉をころころと鳴らす。 よほど気持ちいいらしく、その顔はやがてどろどろに溶けてくる…

蜜と行列

ポストに案内ハガキが入っていた。耳から甘い蜜が垂れてくる女の人からだ。とうとう蜜を舐めさせてくれるのだという。すぐに行列が出来た。しかし僕は関心がなかった。冷やかしにいくと、列の最後尾に、スーツ姿の父が並んでいた。会社に行っているはずの時…

錨と唾液の相互交換

人間ドックを受けたら、胃の中に錨が見つかった。浮気相手に愚痴ると、彼女はにんまりと笑い舌を出した。赤い舌の上に船が転がっていた。

遊園地と酒

デリヘルで遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。 電話で注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をして…

花と蝶

巨大な蝶に、庭の花々を吸い尽くされた。気がついたときには、丹精込めて育ててきた瑞々しい花々はすっかり萎れ、色とりどりの老婆の乳房があちこちにぶら下がっているような様相を呈していた。思わず「おい!」と怒鳴ると、蝶がこちらを振り向いた。まだ若い…

じいさんと太陽

「じいさん、おはよう」 「おはよう」 「今朝は寒いな」 「晴れてるのにな」 「じいさん」 「何だい」 「何でじいさんは牛小屋なんかで寝てるんだ?」 「家族が僕を、家から追い出したんだ」 「何があった」 「それより牛乳をくれよ」 私はじいさんに瓶の牛乳…

新しい皮と古い皮

恋人ができないのは顔のせいだと思い、整形手術を受けることにした。 「古い顔をまるごと剥ぎまして」 「ええ」 「その上に新しい顔を貼り付けます」 「合理的ですね」 「科学の勝利です」 手術は見事成功し、美しく新しい顔が貼り付けられた。 「素晴らしい…

川と靴

毎日夕方になると、町の中心を通る川の水面に、小さな靴が現れる。 水底から浮き上がってくるわけでもなく、空から落ちてくるわけでもなく、気がつくと水面に靴だけがちょこんと置かれている。ピンクの子供靴で、側面に相当古い漫画のキャラクターが描かれて…