トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

水しぶき

朝から雨が降っていた。この間買った新しい傘を差して出かけた。 新しい傘で歩くのは楽しい。人気のない通りに入ったので、周りに人がいないことを確かめて、傘をくるくる回してみた。少し冷えた掌の中で、プラスチックの取っ手が滑るように回転する。 突然…

妥協

結局、私は鼻だけもらうことになった。 本当は目が欲しかったけど、仕方ない。 どこに置いとこうかな、鼻。 変なにおいのするところに置いたりしたら、タカハシ君から苦情が出たりして、口を持っていった子に文句言われるかもしれない。タカハシ君、そんなこ…

やさぐれて

早朝、ゴミを捨てに行くと、雨でもないのに道路がびしょびしょに濡れていた。 ふと遠くに気配を感じてそちらに目をやると、粗大ゴミ置き場の前で、横向きに倒れたグランドピアノが、カラスと猥歌を歌いながら小便をじゃあじゃあまき散らしていた。

がんこ者

長い長い時間をかけて、寺のお堂いっぱいに増築された蜂の巣からは、今も蜂の羽音の奥にかすかに、念仏を唱え続ける声が聞こえてきます。

503号室

無断欠勤が続いていた同僚のアパートに様子を見に行くと、何もない部屋の真ん中に、枕ほどの大きさの唇がぽつんと落ちていた。

ドミノ

買い物を終えコンビニから出ると、傘立てにあったはずの俺の傘がなくなっており、代わりに濡れた包丁が一本置かれていた。

愛の迷宮

ラブホテルの清掃員をしている。 昨日、ある部屋のバスルームに、コンドームと一緒に蛸の吸盤が落ちているのを見つけた。 今日、たまたま通りかかった近所の魚屋さんの前に、パトカーがたくさん停まっていた。

ノルマ

ストレッチャーに乗せられて手術室に向かう途中、廊下の両端に、明らかに人間じゃない生き物たちが立っていて、私の手に次々とポケットティッシュを押しつけてきた。 今、ポケットティッシュが手元から全てなくなっているのは、たぶん手術が成功したからだと…

グルル

彼女と別れ話をするのに公園を、しかも繁みの近くのベンチを選んだのは失敗だった。 真剣な話をしている最中ずっと、彼女が耳の中で飼っているキリンが首を伸ばし、繁みの葉っぱをむしゃむしゃ食っていたせいで雰囲気が台無しだったのだ。 そもそもあいつが…

ドン・キホーテ

いつものようにお得意先の寿司屋にビールを配達しに行くと、電気の消えた店内で、誰かの影ががもぞもぞと動いていた。 目をこらすと、頭に蛸をかぶった大将が、一心不乱にお品書きを破り捨てていた。

赤と青

ある休日の午後、昔の恋人がベビーカーを押しながら、突然我が家を訪ねてきた。「何?」「今、時間ある?」「あるけど」「よかった。私、ないんだ」 そう言って彼女はベビーカーのひさしを外した。そこには、時限爆弾がくくりつけられていた。「どっちがいい…

大人と大人

怪物に頭をかじられる直前、怪物の口の中に、ミントのガムの匂いが満ちていることに気がついた。 恥ずかしかった。 食べられるとわかっていれば風呂に入ってきたのに。

また会う日まで

ワンツースリーで手品師が指を鳴らした。 次の瞬間、切断された私の下半身が跳ね起き、嬉々として劇場を飛び出していった。

太公望

部屋の中でうたた寝をしていたはずなのに、水の匂いで目が覚めた。 なぜか体が動かせなくて、それでも不思議と嫌な感じはなくて、ぼんやりとしていた視界が徐々に晴れていくと、夕暮れの窓に腰掛けた釣り人のシルエットから、私のヘソに向かって釣り糸がまっ…

太陽王

時計は夜9時をとっくに回っているのに、空にはまだ夕日が輝いていた。 これじゃ子どもが眠れないじゃないですか。 お母さんが怒った顔でどこかに電話をかけると、空に巨大なマウスカーソルが現れ、真っ赤な太陽とともに地平線の向こうへと沈んでいった。

初恋は実らない

今朝、何気なく割った卵の殻の内側に、相合い傘の落書きを見つけた。 中身をフライパンに落としちゃった後だったから、もうどうしようもできないけど、朝からちょっとテンションが下がった。

ギミーシェルター

逃げまどう人々を鼻で吸い込む夢を見て、くしゃみとともに目覚めると、私とベッド以外何もなくなっていた。

ホーム

夕方、部屋でくつろいでいると、家のチャイムが鳴った。出てみると、マンションの隣の部屋に住んでいるおばさんだった。「何でしょう?」「すいません、ちょっと静かにしてもらえますか?」「あ、ごめんなさい……テレビ、うるさかったですか?」「いえ、テレ…

その後

眠れなかったので羊を数えてみた。 半信半疑だったのだが思った以上に効果てき面で、よく眠れたのはよかったのだが、柵を飛び越えた後の羊たちをどこへ向かわせるのかということまでは考えが及ばなかった。 翌朝、目を覚ますと、家の周りが何だか騒がしいこ…

学び

庭にナメクジがいた。 本物のナメクジを見るのは初めてだった。 ふと、あの話は本当なのだろうかと思い、興味本位で塩をかけてみると、次の瞬間、火花が散って黒煙が上がり、やがてモーターの焼ける臭いとともにナメクジは動かなくなった。 予想外の最期だっ…

お悔やむ

何かしら理由をつけて化けて出てやろうと思っていたのに、結局さいごまで、みんな優しいままだった。 化けて出る以外で会える方法を見つけておくべきだった。

星に願いを

仕事でヘマをやらかし、彼氏には浮気され、挙げ句帰りの電車で痴漢に遭った。 へとへとに疲れた体でワンルームマンションのドアを開け、玄関にへたりこむ。 何だかとても悲しくなってきて、思い切り声を上げて泣こうとした。 しかし、涙が出てこない。 はっ…

ほかほか

夕飯を食べた後くらいからどうも頭が熱っぽい。 おまけに靄がかかっているかのように視界が濁っている。 救急車を呼び、外へ出る支度をしている間、あまりにつらくて思わず頭をかきむしると、突然、額から上がぽろっと外れ、いい匂いのお湯とともに、裸の女…

主婦感覚(「崩れない」改訂)

私の右手に指が一本多い理由を母に尋ねたら、「ポイントが貯まってたから」という答えが返ってきた。

会ったとたんに一目ぼれ

別の家にします。 妻が力んだ瞬間に分娩室の床に落ちたメモには、たった一言そう書かれていた。

葉と文字

ある日自宅の郵便受けを開けると、葉っぱが一枚入っていた。 へたくそな字で住所と名前らしきものが書かれており、切手まできちんと貼られている。 肝心の文面を1時間近くかけて解読した結果、どうやら同窓会の招待状らしい。 鼻を近づけると案の定、獣の臭…

廃墟にて

廃墟になった一軒家のある部屋で、劇薬の入った瓶のラベルを読みながら、パジャマ姿のガイコツが首をかしげている。 いくら飲んでもちっとも効いている感じがしないのだ。 一刻も早く死んでしまいたいのに、薬を間違えたのかしら。 困り果てている女の頭蓋骨…

仕送り

今日、実家から左の目玉が届いた。 ようやく視界が広がったのはいいのだが、漬物の空き瓶に入れられていたせいで、顔の左半分が何となく酸っぱい。

予習

ある春の夜、公園を歩いていると、静寂の中にかすかに蝉の鳴き声が聞こえた。 まだ夜は肌寒いというのに、ずいぶん気が早い。何より、足元の方から聞こえてくるような気がする。 誰かのイタズラかと思いつつ耳を澄ませてみたところ、どうやら樹の根元の地面…

この前夫が健康診断を受けた病院から、妻である私だけが呼び出しを受けた。 何事かと思っていると、医者は「ちょっとこれを見ていただきたくて」と切り出し、夫の肺のレントゲン写真を取り出した。 写真を見ると、夫の肺に影がくっきりと写っている。 髪の長…