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トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。隔週土曜日更新。

星と塩素(改訂)

生徒が帰った後の夜のプールを片づけていたら、突然水面に何かがバシャンと落ちてきた。 おそるおそる近づいてみると、何だか丸くて、柔らかく光っている。 根拠はないが危ないものという感じはしなかった。拾い上げてみるとほんのり温かかった。 一体これは…

スタンド・バイ・ミー

俺がバイトするコンビニに深夜、オモチャのロボットが酒を買いに来た。 自分の背丈ほどもある缶ビールを抱えて出ていく足音が、カチャカチャと物悲しかった。 街はもう3月だ。 オモチャのロボットにも酔わなきゃやってられないような別れがあるのだろう。

月と夜空(改訂)

夜の屋台でかけ蕎麦を手繰っていたら、つゆに満月が映っているのに気が付いた。 月見そばか、と心の中で冗談を言いながらつゆをすすると、月が前歯にこつりとぶつかった。 思ったより腹の足しにはなったが、夜空は真っ暗になってしまった。

鈴と金魚

誰かが池に落とした鈴を飲み込んだ金魚が、縁日の屋台の桶の中をりんりんと泳ぎ回っている。 鈴の分だけ体が重いから、誰にもこの金魚をすくうことはできない。 祭の灯が消え縁日から人が去る頃、ほとんど空っぽになった桶を片付け、「しかたねえなお前は」…

ラバーズ

さよなら、愛しているよ。 真っ二つに切られる直前、トマトは確かにそう叫んだ。 べとべとになった手を洗い、冷蔵庫を開けると、レタスときゅうりがほのかに赤く色づいていた。 野菜室の中で何があったか知らないが、今日の夕方こいつらを八百屋で買ったとき…

猫と列車

満員電車に揺られていたら、どこかから猫の鳴き声が聞こえてきた。 乗客がざわざわしながら辺りを見回しているが、どうも私の足元に声の主がいるらしい。 そっと下を見てみると、子猫が2匹、不安そうに私を見上げていた。 白と灰色のまざった子猫が2匹、右の…

へそと手紙

弟か妹のつもりで接していた屋根裏のネズミがある日、俺の部屋にお別れを言いに来た。いつものぼさぼさの毛皮ではなく、小さな宇宙服を着て、小さなヘルメットを小脇に抱えていた。 天井を指さすので、天井の板を外し屋根裏を覗くと、小さな通信機の光のチカ…

星と砂糖

本を閉じて目薬をさし、土曜日の月に腰かけて、生まれ育った町をぼんやりと眺めている。 かじりついたドーナツからこぼれた砂糖の粒が、星のふりをして夜空に降り注ぐ。 生きていた頃と何も変わらない退屈な町が、少しだけ色っぽく見える。 * 背の高いマン…

good morning, good morning

明け方頃の町の空に、大きな子どもが寝そべって、眠たげな顔で面倒くさそうに、傍らに置いた藤の籠から、スズメを一掴み二掴み、町の電線にばら撒いていた。 スズメたちはどれも標本みたいに、ピクリとも動かなかったが、電線にばら撒かれた彼ら彼女らは、上…

two of us

リエは凛としてリボンを結ぶ。 リエは凛として荷物を運ぶ。 リエは凛として妹を抱き上げる。 リエは凛として地図を広げる。 リエは寝床で鼻をかみながら、スケッチブックにまだ見ぬあの港町の絵を描く。 * リナは理由なく笑い出す。 リナは理由なく涙をこぼ…

くらげの看護婦さん

真夜中の水族館、くらげの看護婦さんが、水槽の柔らかい砂の上をとことこと歩いていく。 年老いた鮫の腹の音を聞くための聴診器と、絵を描くことが趣味の蟹の子のための点滴のパックと、マンボウのお母さんに飲ませるためのカプセルを詰めた鞄を片手に持って…

酔いと呪い

そいつが死んだ時、一番の下っ端だった俺の耳の穴の中に、そいつの死体を埋めることになった。 アル中だったそいつは、死体になっても酒瓶を握りしめて離さなかったので、仕方なくそのまま埋めたのだが、それ以来寝返りをうつたびに、瓶に残った酒が俺の頭の…

流し台と人魚

台所にゴキブリが出たのでそれのための罠を組み立てていると、流し台の方から何やらゴボゴボと音がしたので、そっちに目をやると、水を溜めた洗い桶の縁に小さな人魚が腰かけていた。人魚はゴキブリの罠を組み立てる私を見てくすくす笑ったかと思うと、高い…

早朝、寝室の窓をコツコツと叩く音で目が覚めた。 カーテンを開けると、塩の小瓶がふわふわと浮かびながら窓を叩いていた。 しばらくじっと見つめていたら、塩の小瓶はふいに回れ右をし、庭先で遊ぶ雀たちに塩をふりかけたりして、ちょっかいを出し始めたの…

こたつと蜜柑

冬。 少女がこたつで蜜柑を剥いている。 彼女の傍らでは老猫が丸まっている。 テレビもラジオも沈黙し、部屋はひっそりと静まり返っている。 * 少女が蜜柑の一房を口に入れようとした時、老猫がふっと目覚め顔を上げる。 少女は老猫に目をやる。 老猫は立ち…

月と娘

満月の夜、居間の窓から外を眺めていた娘が、何を思ったか突然ベランダに出た。 慌てて追いかけて「どうしたの?」と聞くと、「ゴミ」と言いながら月を指さす。 「ゴミ?」と聞き返すと、娘が月に向かってふっと息を吹いた。 すると私が今まで月の模様だと思っ…

熱と指

湯が沸いてやかんがピーピー鳴き出したので台所に行くと、見知らぬ女がコンロの前にぼーっと立っていて、熱い湯気をしゅんしゅん噴き出すやかんの口に人差し指を突っ込んでいた。 蓋を開けたままのカップラーメンを握りしめながら、どうしたものか考えている…

雨に溶ける人

雨の夜、歩道橋の上に、雨に溶ける人が立っていた。 雨に溶ける人は、傘もささずに、車列のライトをぼーっと眺めていた。 私はいつもより静かに歩道橋の階段をのぼり、雨に溶ける人を遠くから眺めていた。 雨に溶ける人は、少しずつ雨に溶けながら、外国の歌…

峠の我が家

買ったけれど読まずに積んでおいた本の山のてっぺんに、いつの間にか小さな家が建っていた。健康そうな若夫婦と、幼い子どもがしょっちゅう出入りしている。 これでいよいよ本が読めなくなってしまった。積み上げられた本の山にちょっと触れるだけでも、家を…

クローゼット

家に帰ると、クローゼットが扉をばたばたさせながら何か歌を歌っていた。保安官バッヂをつけた象に踏み殺されたワニのギャングとかそんな歌だった。何だその歌。うるさかったので思いっきり蹴って黙らせた。 翌日、クローゼットの扉を開けると、すべての服に…

白い土と赤い種

夜の商店で、缶詰を買った。寂しかったのだ。家に帰り蓋を開けると、女の綺麗な白い手首が現れた。 そっと手を握ると、握り返してきた。汗ばんで温かかった。爪には赤いマニキュアが塗られていた。 枕元に缶詰を置き、手を握って眠ることにした。白い手首は…

遊園地と酒(改訂)

電話で自宅に遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。 注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をしている…

虹と獣

明け方にようやく雨は上がり、街の空に虹がかかった。あまりに見事な虹だったので、ベランダに出てぼーっとそれを眺めていると、辺りが急に獣臭くなった。尋常ではない臭いだったので、部屋の中に戻り、慌ててガラス戸を閉めた。顔を上げると、獣臭さの原因…

花と花

看護婦が、眠り続ける患者のパジャマを脱がせる。患者の体には無数の花が咲いている。昨日の朝に摘み取ったばかりなのに、瑞々しい赤い花が、患者の体中に根を張って、甘い香りを放っている。 この看護婦の仕事は、患者の体を拭くことだから、この花を綺麗に…

水と空

朝起きてトイレに行くと、便器の中に青空が広がっていた。 寝起きの頭ではうまく状況が飲み込めそうになかったので、ひとまずいつも通りにおしっこをして水を流した。 廊下に出ると階段の下が騒がしい。おじいちゃんが何かぎゃあぎゃあ言っているようだ。 自…

月と海猫

丘の上の公園にある休憩所の屋根の上で、猫が月に向かってにゃあにゃあ鳴いている。何をしていると尋ねると猫は、 「月に歌を覚えさせているんです」 と私の声で答えた。 慌てて声を出そうと腹に力を入れると、金属製の薄いヘラで喉の内側を撫でられているよ…

影とアヒル

影が水っぽい。疲れることばかり続いているせいかもしれない。歩くとちゃぽちゃぽ音がする。神経に障る音だ。近所の子どもが面白がって後ろを付いてくる。しかし追い払う気力もない。 ふいに、とぷん、と何かが投げ込まれる音がした。振り返るとさっきの子ど…

埃男(怪談)

(夕暮れ。公園の公衆トイレ。) (疲れた顔の男が入ってくる。) (墓石のように並んだ小便器の一番奥に人影が見える。) (男は人影と離れた小便器の前に立つ。) (人影は用を足しているふうでもなく、ただひたすら股間の辺りをもぞもぞといじっている。…

象さんの幽霊

(夏のある日。墓地。立ち並ぶ墓石が、強い日差しを浴びてきらきらと輝いている。) (妙齢の女が一つの墓石に向かって静かに手を合わせている。) (その後ろで、女の幼い息子が退屈そうに、乾いた地面に這う羽蟻を眺めている。) (ふいにずん、と地響きが…

月と夜空

味噌汁に月が映っていた。すすったら前歯にこつりとぶつかった。 思ったより腹の足しになったが、夜空は真っ暗になってしまった。

照準と標的

友人の結婚披露宴に出席した。 ウェディングドレスを着た友人は本当に綺麗だった。しかしその表情は硬かった。 新郎は背が高く、色白で、いかにもおとなしそうな人なのだが、今、その新郎側の席には、おっぱいに火器の搭載された女性型のロボットがたくさん…

機械を借りて

ようやく順番が回ってきたので、死ぬことにした。親族や知人にその旨葉書を出し、役所から死ぬための機械を借りてきた。枕元に機械を置いてスイッチを入れると、無事に私は死ぬことになった。 それはある穏やかな春の朝のことで、私の部屋には、かつて私が機…

どきどき

河原を歩いていたら、大きな石を見つけた。白くて滑らかで、柔らかそうな石だった。 何だか堪らなくなり、思わず拾い上げたそのとき、どこかから声が聞こえてきた。 「あの……それ、私のおっぱいなので、持っていかないでください」 周りを見回すと、川底に捨…

やみ夜

月も星もないやみ夜の下を歩いていたら、なんだか食欲を誘う良い匂いが、空からふわふわ降りてきた。 ふと見上げると、夜空の真ん中でバターの塊が溶けている。はっと気がついたときには、じゅうじゅうと香ばしい音を立てるやみ夜に向かって、まっ逆さまに落…

温もりと下心

新入社員のかわいい女の子は、両手が蟹のハサミだった。 歓迎会の二次会で、たまたま二人きりになったとき、酔った勢いに任せて、「ちょっとその手、握っていい?」と聞いたら、「皆さんそうやって口説いてくるんですよ」と言われた。 すごく恥ずかしかった。

地獄と炎

拷問ポイントが貯まったので、お前を焼く業火の色を選べます、と地獄の鬼に言われたが、周りの罪人たちから浮きたくなくて、結局プレーンを選んでしまった。 本当はレモンイエローが良かったのに。 地獄に落ちても、結局僕は何も変わらなかった。

袋の中身と夕暮れの部屋

夕日の差し込む、小さな部屋に、私とその人がいる。私は窓辺に腰かけて、その人が好きな漫画を読んでいる。その人は薄い布団にくるまって、私の好きな画集をめくっている。遠くで犬が鳴いている。 「背中がかゆい」 とその人が言う。 「そう」 と私が答える…

黴と沈黙

その鯨は、一人ぼっちで生まれて、一人ぼっちで暮らしていたので、それを見てたくさんの船乗りが、鯨の物語を作った。 あるとき鯨は、さびしくなって、陸に上がったが、村の灯りを見つけたところで、力尽きてしまった。それを聞きつけて、たくさんの旅人が、…

影と悪戯

(キッチンの白いテーブルクロスの上に、真っ赤な林檎が置かれている。柔らかい午後の陽にてらされて、林檎から青みがかかった影が伸びている。) (古くさい椅子に腰掛けて、静かに寝息を立てていたKちゃんが、林檎の香りに鼻をくすぐられ、ふと目を覚ます…

耳と目

「必ず回収しに来るから」と言い残し、宇宙飛行士たちはロケットで去っていく。 小さな惑星に取り残されたロボットの耳が錆びていく。 地球の音が聞こえなくなっていく。 ロボットは地球の方角を見つめながら、ゆっくり朽ち果てていく。 人工衛星のカメラが…

生活と契約

世界征服を目論む悪の組織の、事務課に勤めている。 正義の味方の資料のコピーや改造人間たちの給与計算やマッドサイエンティストへのお茶出しに日を費やしていたが、今朝、「人員不足と経営難によりこのたび、全職員を動員した最終作戦を実行します」と書か…

フキダシと卵

丘の上の大きな木の下で、娘と昼寝をしていたら、木に巣を構えていた黄色い鳥が卵を産んで、それが娘のフキダシの中に落っこちてきた。 その時娘は寝言も漏らさず、フキダシの中は空っぽだったから、鳥の卵は娘のフキダシに居座る形となった。 目覚めてから…

肉と翼

図書館でいきものの図鑑を借りた。 公園で弁当を食べながら眺めているうち、見開きいっぱいに鳥の骨格が描かれているページを開いたまま、ベンチで居眠りしてしまった。 はっと目が覚めたときには、骨だけの鳥が図鑑から抜け出して、空の向こうへ飛んでいく…

レインコートとペニー・レーン

朝、寝ぼけ眼で冷蔵庫の扉を開けると、冷蔵庫の中に大雨が降っていた。 詰め込まれた野菜と果物の上に、水玉模様のレインコートと長靴が放られている。立ち並ぶ調味料の間には、何だかお洒落な街灯が生えていて、泡立つ水たまりに光の粒が反射していた。 キ…

果実と仕事

林檎を齧ったら、中が空洞になっていて、ヘルメットをかぶった小さなおじさんたちが、林檎の果肉を皮の内側に、漆喰の要領で塗っている途中だった。 小さなおじさんたちは私と目が合うと、決まり悪そうに頭をかいて、林檎から飛び出していった。 残されたス…

旅と足跡

宇宙飛行士だった夫は、月に行ったとき、地球に向かって真っ直ぐ続く小さな足跡と、その横に見たこともない文字で綴られた、一枚の手紙がそっと置かれていたのを見つけたらしい。 夫はその手紙を今でも、誰かの遺書だと考えているが、私はラブレターだったん…

青空と空白

青空をさらって、身代金を要求したが、いつまで待っても誰も迎えに来ない。 はじめ気丈にふるまっていた青空も、三日が過ぎる頃には、うつむいて、鼻をすすり、眼差しは放心していた。肩を抱いて慰めてやりたかったが、肩がどこにあるのかわからない。 五日…

ヴィーナスとダッチワイフ

ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。 ダッチワイフがパンにバターを塗るとき、それから給仕にチップを渡すとき、熟れて落ちた海底の両腕を思い出すからだ。 ダッチワイフが息を吐くたびに、石鹸の匂いがするのも気にくわない…

雨と毒蛙

私の住んでいるアパートの共同トイレには、毒蛙のゆうれいが出る。昼夜問わず窓枠に陣取り、怒ったように頬を膨らませている。誰かに踏まれて死んだのか、背中には靴底の跡らしきものが残り、口からはちょっと内臓らしきものが飛び出ている。悪さをするわけ…

桃と骨

「急患です」という叫び声と、インターホンを激しく連打する音で、夜中に叩き起こされた。 慌ててパジャマの上に白衣を羽織り、ねぼけた足で診察室に行くと、いきなり腐ったような甘いにおいが鼻をついた。見ると丸椅子の上に、桃が一つ置かれている。待合室…