トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

同じレンジ

新しいゲームを買ってもらったので、休日の朝から、近所の××君の家に行った。インターフォンを鳴らすと、××君のお母さんが出てきた。「××君お願いします」「すぐに用意するから待っててね」通された居間でジュースを飲んでいると、電子レンジのあたため終了…

マイ・ウェイ

解体工事が行われていた病院の一室から、一羽の小鳥が見つかった。それは入院患者が見ていた夢の中に現れたあと、うっかり外へ出てしまった小鳥らしく、羽根の色も、翼やくちばしの位置も、目玉の数すらちぐはぐで、素晴らしく美しいバリトンの声でシナトラ…

ずいぶん小さくなって

よろけた足取りで、音楽室のピアノの鍵盤の上を誰かが歩いている。あれは去年亡くなった音楽の先生だ。ずいぶん小さくなって。 酔っているらしい。寡黙でおとなしかった面影はどこへやら、どこかの方言で、猥褻な歌を高らかに歌い上げながら、鍵盤をめちゃく…

学校の焼却炉の煙突が、桃色の煙を吐き出していた。 誰かがラブレターを投げ込んだのだろう。 それにしても今日の煙は、色といい、量といい……。 読みたかったな。

不倫

リボン、包装紙、テープ、緩衝材、をぽとりぽとり落としながら、新しい月が、夜空にゆっくり現れた。ぴかぴかのまっさらな月だ。生まれたての赤ん坊のお尻のようにも、知恵がたくさん詰まったおじいさんの禿頭のようにも見える。いつもより明るい月夜だ。誰…

乾杯

耳をつんざくような「乾杯!」 の声がきこえたつぎの瞬間、ぼくたちは宇宙にほうりだされていた。 ふりかえると、地球のまわりの大小さまざまな星々が、地球めがけてぶつかってきたらしく、その衝撃でぼくらは宇宙にほうりだされたのだということがわかった…

点滴袋をぶらさげたキャスターつきの器具をがらごろいわせながら、流れ星が夜空をよろよろ駆けていった。ずいぶん、願われてしまっているようだ。そばかすのことはあきらめることにした。

再開

押入を整理していたら、古いトランプが出てきた。昔はこれでよく遊んだものだ。懐かしい気分になり、カードを箱から取り出して何となく切っていると、一枚のカードが手の中からぴょんと飛び出してゴミ箱に飛び込んでしまった。そんなに激しい切り方したかな…

三番線

ゴシック体の列車が、三番線に滑り込んできた。これに乗れば約束の時間までかなり余裕で目的地に着くことができるが、何しろゴシック体の列車はシートがかたくてお尻が痛くなるからなぁ。一本遅らせて、この後の明朝体の列車を待とう。明朝体は明朝体で、網…

おたま

夜空の星を眺めていたら とつぜん巨大なおたまが現れ ひときわよく光っていた一つの星を すっとすくい上げてそのまま暗闇へ消えていった 食べ頃だったからなのか それとも煮えすぎだったからなのか 理由はわからない だがせめて 前者であってほしいと思う そ…

逆上がり

廃校が決まった小学校の、真夜中の校庭で、古ぼけた人体模型が、逆上がりの練習をしている。邪魔にならないようにと傍らに並べられたプラスチックの臓物が、月明かりに照らされておかしな形の影を伸ばしている。人体模型はぎゅっと鉄棒を掴む。インクで描か…

怪盗

コンビニでおにぎりを買って一口かじったら、おかかが入っているはずのスペースに、薔薇の花びらが入っていた。コンビニに戻って事情を説明すると、「たまにおにぎりの具だけを盗んでいく怪盗が現れるんですよ」とのことで、新しいおにぎりと交換してもらっ…

そっち

ああ、満月って、ドアノブだったんだ。 あ、どうも、こんばんは。 あっ、そっちからだと、こんにちは、か?

我が家の家系図をさかのぼっていくと ××村の鍛冶屋の炉で行き止まった ご先祖様が今の俺を見たら どう思うかな ごめんな ぶよぶよで

用務員の日記

雨もないのに花壇の花が濡れている。見上げると、校舎の三階あたりに女の生首が浮いていて、手入れしたばかりの花壇を見ながらぽろぽろ涙を流していた。こんなに立派な花壇なのに、何を泣くことがあるのだろう?それともこんなに立派な花壇だから思わず?だ…

もこもこ

始発に乗るため いつもよりずっと早い時間に起きて カーテンを開けると 朝もやの向こうに 羊の大群が もこ もこ ぞろ ぞろ ひしめき合いながら まだ夜の残る少し暗い方へ 去っていくのが見えた どこかの誰かが やっと眠りについたらしい おやすみなさい いっ…

シャララ

友人から犬をもらった。「この子、魔法の犬なんだよ」とのことだった。魔法の犬か。魔法の犬ねえ。女の子だったので「オクサマ」と名付けて飼い始めた。が、このオクサマ、ただただ素直でかわいい雑種犬で、魔法の犬っぽいことをほとんどしてくれない。ふく…

友情

この前の健康診断でわかったことなのだが、俺の背骨は本の背表紙になっているらしい。医者に見せられたレントゲン写真には、背骨に「友情 武者小路実篤」と刻まれていた。「何か心当たりは?」と医者に訊かれたが、さっぱり思い当たらない。「友情」なんて読…

薬指

女の指が一本、尺取虫みたいに体を曲げ曲げ、道路を横切っていく。教会の方からやってきたらしい。ので、教会へ行く。教会では結婚式の準備が行われていた。なるほど。あれは薬指だな。直感する。薬指のところへ戻る。女の薬指は、すでに道路を渡り切り、海…

係のおじさん

裏の家のおじさんが、脚立とドライバーを持って、丘の方へ出かけていった。 じきに、雨が降るだろう。 あ、洗濯物。 おじさあん!

もっと上

背中掻いて。ベッドでうつ伏せに寝ていた妻が言った。読んでいた本を閉じ、妻の背中に指を這わせる。もっと上。もっと上。そうじゃなくて、上、もっと、上!妻に言われるがままに手を動かしていると、いつの間にか夜空に手が届いていた。赤く小さな星が目の…

カメレオン

夕日の色したカメレオンが、夕日の中からのそのそ現れ、遠くに見える山の向こうに、遠くの山の色に変わりながらのしのし去っていった。ぼくらの町のカメレオンが、今日もひなたぼっこを終えたようだ。山の向こうから、わずかな地響きを足の裏に感じる。一瞬…

象の話をいくつか

【林檎】 大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に? 【少女】 うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほん…

明日も仕事なのになぜか寝付けないので、気分転換にベランダに出て煙草を吸っていたら、しんと静まりかえった深夜の交差点で、四本の信号機たちが、鬼ごっこをして遊んでいるのが見えた。三色のライトを笑うように点滅させながら、細い支柱をしなやかに曲げ…

首長竜

夜中、トイレに起きると、リビングに柱が一本増えていた。近づいてよく見るとそれはこの間博物館で見た首長竜の首だった。「ちょっとお邪魔してますよ」 頭上から声がしたので顔を上げると、天井から、首長竜の下顎がはみ出してパクパクしていた。「おたくの…

惚れ薬

まだあたたかい惚れ薬を冷ましている秋の窓辺、そのすぐ向こうを、あの人が通りかかる。携帯電話で誰かと話している。笑っている。歯に青海苔がくっついている。ああ。

私の好きな男子の名前を背負った蟻と、帰り道にすれ違った。 自分の部屋に入ると、勉強机の上に置いておいた日記帳から、彼への思いを綴ったポエムがごっそりなくなっていた。 甘すぎた。ポエムも、日記の管理も。

緊急事態

長いこと放置していた冷凍室の霜の奥で、小さな人影が小さな人影をビンタしていた。「寝たら死ぬぞ!」 という声がかすかに聞こえた。 映画とかでよくあるやつだ。 こんなところで見ることになるとは。 しかしそもそも彼らはどこを目指してここに迷い込んだ…

月には一匹の老いた猫がいる。 猫には蚤がついている。 猫だけがいる。 飼う人はいない。 飼う人がいないから、洗っていない。 洗っていないから、猫は痒い。 痒いから、掻く。 すると猫から蚤が飛び出す。 その蚤を地球から見たのが、流れ星の正体だ。 だか…

苺と苺

夜中の台所からひそひそ声が聞こえてきたので、何事かと思い見に行くと、テーブルの上に置きっぱなしで冷蔵庫にしまい忘れていたパックの中の苺たちが、明日の朝のためにやはりテーブルの上に置いておいた苺ジャムの瓶に向かって、何かひそひそ話をしている…