超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

お守り

恋愛成就のお守りの中に、記憶をリセットする薬が入っていた。

あくび

政府による今日のあくびの制限は三回なので、夜寝る時と会社の昼休みと、あと一回はいつにしよう。

おばあちゃんは年だから、夕飯は惑星一個で充分だよ。

おしぼり

そのおじさんは、喫茶店のおしぼりで、手だけでなく、顔や、膝の上の頭蓋骨まで拭いていた。

物置

物置の奥で、もうしばらく使っていないお母さん交換機が錆びている。

去年、花粉の時期が終わると同時に旅に出た鼻毛たちが、今年、ついに、俺の鼻に戻ってくる。

古本屋で詩集を手に取ったらページの間から蝶が出てきて飛んでいき、そのことを店主の婆さんに言ったら、半額になった。

点滴

点滴袋にお猿さんのシールが貼られている少女と、点滴袋にバナナのシールが貼られている少年が、小児病棟の廊下ですれ違う。

席替え

席替えしてから、彼女の尻尾の先は左に曲がるようになった。

赤ん坊

赤ん坊が口に含もうとしていた人工衛星を、巨大な手が優しく取り上げた。

趣味

その川はここ数百年、自身の中を流れる石を、人間の心臓の形に削ることを趣味としている。

ボタン

地球に向けられたリモコンの「消音」ボタンが押される。

毎朝、今日こそはと思いながらゼラチン粉を持って海へ行くが、海のあまりの大きさに諦めて帰ってくる。

ぐっ

飛行機が傍を通るたび、入道雲に、ぐっ、と血管が浮く。

綿菓子

その綿菓子屋の店主は、雲コンプレックスに悩まされている。

お礼

道で虹を拾って交番に届けた後、お礼に何色をもらえるのだろう、とわくわくしている。

耳畑に「私語厳禁」の看板が立っている。

ペットショップから静かに出てきたおじさんが、猫耳のアクセサリーを装着し、夜の街に消えていった。

クレーン

夏、入道雲を組み立てるためのクレーンの脚に、蝉の抜け殻がくっついている。

人事部

人事部が飼っている蝿が胸にとまった社員が、会社をくびになった。

数式

下水道点検の際に発見された、下水道の内壁に書かれていた数式を、誰も解くことができない。

神輿

0点のテスト用紙を握りしめてとぼとぼ歩く少年の背後から、脳味噌の形のオブジェを載せた神輿が近づいてくる。

前日

三角コーナーの中で興った文明で、生ゴミの日の前日に、神が誕生した。

通販で買った高級な指で、最初に触れるのは、ピアノか犬か、どちらにしよう。

悪夢

たこ焼き屋の親爺が悪夢から目を覚ますと、自分の両手がかつお節まみれであることに気づいた。

無料

野菜の無人販売所に、「美人無料」との貼り紙があり、その下に鏡が置かれている。

全ての星が光を失った夜空の下で、街灯にインタビューする。

また人が月をミサイルで壊してしまったので、神様は鼻をかんで丸めたティッシュを夜空に放った。

老夫婦

その老夫婦は毎月一回産婦人科を訪れて、天体望遠鏡を覗いて我が子の成長を確かめている。

ロマンチスト

午後の電車に乗っている老夫婦の妻が、白目をむく夫のおでこの穴に挿したイヤホンで何かを聴いていたが、ふいにイヤホンを取り、夫に「ロマンチストね」と笑いかけた。