トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

太陽の耳

今日は、太陽の耳が出ている。あいかわらずの福耳だ。やわらかそうな耳たぶに触れてみたいけど、脚立はおろか、はしご車でだって届かないだろう。今日は、太陽の耳が出ている。何をきいているんだろう。風の音、波の音、鳥の声、赤ん坊の笑い声、クラクショ…

疑問符

息子と川へ釣りに行ったのだが、釣り針を持ってくるのをうっかり忘れてしまった。仕方がないので、息子の発する疑問符を採って釣り針に加工することにした。自分のでもいいが、なぜか疑問符という物は子どもの物の方がしっかりしていて丈夫なのだ。さっそく…

授業

授業中、どこからか教室に迷い込んできた老いた野良猫が、チョークを一本くわえてそのまま出ていった。放課後、子猫の集団とすれ違った。みな一様に「ひとつかしこくなった!」と言わんばかりに目を輝かせ、耳をピンと立てていた。かつおぶしのねだり方とか…

ソフトクリーム

動物園を散歩していたら不思議な形の金属片を拾った。何に使うものなのかさっぱり見当がつかないが、マジックペンで番号や符丁のようなものが書き込まれているところを見ると、動物園の備品の一部だろう、と思い管理所へ届けると、若い職員が出てきて、これ…

コポコポ

受話器を取ると、コポコポと気持ちのよい音が耳に流れ込んできた。水の中で泡が弾ける音だ。どちらさんですか。コポコポコポ。何のご用ですか。コポポポコ。気がつくと背後の金魚鉢で金魚が一匹騒いでいる。いちばん体が小さくていちばん気が強いやつだ。う…

昨日の朝、裏のおばさんが森の中にスリッパを並べていた。その日の夜、おばさんがスリッパを並べていた場所に一機のUFOがあって、スリッパはなくなっていた。今日の朝、UFOがあった場所に再びスリッパが並べられていて、UFOはいなくなっていた。そして今日の…

消しゴム

ある日、近所の家の前を通りかかると、その家の小学校に上がったばかりの男の子が、玄関でうずくまっているのを見かけた。体調でも悪いのかと思い駆け寄ると、その子は手に消しゴムを持ち、それで玄関の壁を一心不乱にこすっていた。「何してるの?大丈夫?…

本棚のそばに釘が一本落ちていた。床には放られてそのままにされたらしい「シンデレラ」の絵本。本を開くと、舞踏会へ向かう途中で馬車がバラバラになり、シンデレラが泥まみれで泣いている場面で終わっていた。この釘はおそらく馬車のものだろう。シンデレ…

味見

味見しようと菜箸でつまみあげた里芋が、つるんとすべって落ちてしまった、と思ったら、エプロンの前ポケットから子どもの手がにょきっと出てきて、里芋をつかんで再びポケットに引っ込んでいった。前ポケットをつまんで中を覗いてみるが、なぜか真っ暗で何…

距離

ともだちに電話したら、あの世の方から呼び出しベルが聞こえてきた。ああ、そうだ、あいつ先月死んだんだっけ。しまったなあ、電話代、高くつくかなあ。

大腿骨

理科室の窓辺に身を預け、骨格模型が空を見上げていた。何かおもしろいものでもあるのかと思い、その視線の先をぼくも見上げると、よく晴れた青空に、大腿骨そっくりの雲が浮かんでいた。骨格模型らしいや、ふふん、とぼくが鼻を鳴らすと、骨格模型は歯の奥…

……

ベランダに出て空を眺めながら、本当に何も考えずぼーっとしていたら、はっと気がつくと足下に「・」がいっぱい落ちていた。「……」の「・」らしい。あとで片づければいいやと思い、つま先でベランダの端に集めてそのまま放置しておいたら、夕方頃カラスがや…

ブタ

夕暮れの砂浜で、蚊取り線香のブタが、ひとり海を眺めている。すこしつかれてしまったのだ。蚊との日々に。見えない眉毛を八の字にして、ブタはため息をつく。ブタのため息は、蚊取り線香のにおいがする。ブタは蚊のことを何か考えたいのだが、何を考えてよ…

輪ゴム

道を歩いていたら、頭上からプチッと音がして、切れた輪ゴムが落ちてきた。その直後、晴れた空が一瞬で雨雲に覆われ、ものすごい大雨が降り始めた。どうやら、輪ゴムでまとめておいた雨雲が、はち切れてしまったらしい。きちんと整理しておかないからこうい…

アルミホイル

このところ、夜空を見上げても月が三日月のまま形を変えない。不思議に思っていると、ある晩、三日月がアルミホイルに包まれた状態で姿を現した。テレビでは天気予報が、ここ数日にかけて猛烈な熱帯夜になると言っていた。そのためのアルミホイルか。どうか…

聖剣

眠っている間に脳味噌を寝違えたらしく、右目にだけ夢の続きが映り続けている。ドラゴンを連れた若奥さん、翼の生えた電信柱、蔦の絡まった通勤快速。そんな調子で会社に着くと、部長の禿げ頭に、聖なる剣が突き刺さっていた。しかも私が近づくたびに、柄の…

たこ焼き

朝起きたらまつ毛が重たい。視界一杯になにかがぼんやり映っている。鏡を覗くと、まつ毛に小さな輪投げの輪がいくつも引っかかっていた。そういえば、かすかにソースと花火のにおいが漂っている。ゆうべは、お祭りだったらしい、小さい人たちの。それで合点…

バグ

胸にいつの間にか切り傷ができていて、痛くもなければ血も出ない。念のため絆創膏を貼り、しばらくしてから何気なく剥がしてみたら、切り傷はコイン投入口になっていた。試しに百円入れてみると、素晴らしく美しい口笛がひとりでに喉の奥から溢れてきて、た…

赤信号

ここの赤信号はすごく長い。特に晴れの日。青空に少し雲のある日。ここの赤信号の中には瞳があって、それが流れる雲をいちいち眺めているから、すごく長くなるのだ。しびれを切らしたかのように青信号が灯り、赤信号はあわててまぶたを閉じる。ドライバーた…

照れ

実に立派な形の入道雲が浮かんでいたので写真に収めようとした時、何か違和感を覚えた。よく目をこらすと、入道雲の傍に、しゃもじが一本浮かんでいた。あの入道雲を盛る際に使われたものだろう。「しゃもじ、忘れてますよ!」空に向かってそう叫ぶと、一瞬…

のぼり

近所の古びた薬局の店先には、「元に戻る薬」とだけ書かれたのぼりが立っている。ある雨の日、そののぼりを、一匹の蛙がじっと眺めているのに出くわした。……もう元に戻って蛙なのだろうか、それとも蛙から別のものに戻るつもりなのだろうか。いずれにせよ、…

くちばし

ある朝起きたら、のど仏のあった場所に、鳥のくちばしが生えていた。黄色くてかわいいくちばしだ。このくちばし、普段はうんともすんとも言わないくせに、俺が他人の悪口を言っている時だけ、ぴーちくぱーちく鳴きやがる。いさめているのか、それとも賛同し…

時給

お昼頃、朝から降り続いていた雨がふいにやんだ。空を見上げると、雨雲から縄ばしごが垂れていて、そこから次々と作業服姿の人たちが降りてくるのが見えた。作業服の人たちは地面に降り立つと、めいめい牛丼屋や定食屋に入っていき、午後1時ちょっと前に再び…

おめかし

雲をシャツに、鳥の影を蝶ネクタイにして、やけにめかしこんだ太陽が、いつもより赤い顔で、いつもより早い時間に、地平線の向こうへ沈んでいった。どんなわくわくする集まりがあるのか知らないが、明日の朝寝坊するなんてことはないようにしてほしい。かわ…

威厳

とある動物園の近くにあるコンビニに立ち寄ったところ、レジスターのひきだしにライオンのたてがみがぎゅうぎゅうに詰め込まれているのを見かけた。「何?」店員に訊くと、「アイス一本分足りなかったんですよ」という答えが返ってきた。早速動物園に行き、…

出世

何時間寝たかわからない。ふと目が覚める。部屋で寝ていたはずなのに、目の前には青空が広がっている。どうしたことだ。寝返りを打とうとするが、金縛りに遭ったように体が動かない。どうしたことだ。どうにかこうにか右腕をぐっと上げると、メキメキ、とい…

じゅっ

あの人といっしょに呑んでいたら、「好きだよ」という言葉が思わず口をついて出た。慌ててグラスの酒を飲み干す。熱くなりすぎた唇が、酒に触れて、じゅっ、とかすかな音を立てた。

抜け殻

今日は太陽が二つ出ている。正確には、片方は太陽が脱皮した殻だ。つるつるの太陽と、くすんだ抜け殻が二つ空に浮かんでいるのだ。子どもの頃は脱皮したての太陽がぴかぴか輝くのを見るのが好きだったけど、今は、抜け殻がゆっくり宇宙に溶けていくのを見届…

しゃっくり

今回の旅行のメンバー全員の集合写真を撮った直後から、カメラのしゃっくりが止まらない。一枚目からいきなり大人数の写真を撮ったせいかもしれない。仕方ない、どこか、カメラがびっくりするような景色を探そう。

月明かり

手術室の扉の隙間から、月明かりが漏れている。そうむずかしい手術ではないそうだが、傷にさわるといけないので、飛行機の夜のフライトはとうぶん禁止になるらしい。手術室の前の長椅子には、杵と臼が無造作に置かれていた。うさぎはどこへ行ったのかと看護…