トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

トモコからきいた話

仕送り

今日、実家から左の目玉が届いた。 ようやく視界が広がったのはいいのだが、漬物の空き瓶に入れられていたせいで、顔の左半分が何となく酸っぱい。

予習

ある春の夜、公園を歩いていると、静寂の中にかすかに蝉の鳴き声が聞こえた。 まだ夜は肌寒いというのに、ずいぶん気が早い。何より、足元の方から聞こえてくるような気がする。 誰かのイタズラかと思いつつ耳を澄ませてみたところ、どうやら樹の根元の地面…

この前夫が健康診断を受けた病院から、妻である私だけが呼び出しを受けた。 何事かと思っていると、医者は「ちょっとこれを見ていただきたくて」と切り出し、夫の肺のレントゲン写真を取り出した。 写真を見ると、夫の肺に影がくっきりと写っている。 髪の長…

トイレのトラブル

どうしよう。早くおしっこを済ませてベッドに戻りたいのに、トイレの扉の向こうから、ぶらんこを漕ぐ音が聞こえてくる。

ハンプティ・ダンプティ

そんなに急いで、たくさん食べなくてもいいのに、と彼女は呆れたように俺に言う。 俺もそう思う。 けれど、彼女が砂糖菓子に戻ってしまう前にお腹を一杯にしておかないと、えらいことになってしまうのだ。 幸い、彼女はまだ自分の背中の一部がかじり取られて…

Q

「どっちに入ってるか当てられたら、返してあげる」 握った拳を二つ突き出して、その人はそう言った。 僕らはあれこれ相談して、左手を指さした。 開かれた左手は空っぽだった。「残念でした」 こうして地上から太陽が消えた。

母になる人

公園に遊びに行っていた娘が、不機嫌な顔で帰ってきた。 どうしたの、と尋ねると、砂場でおままごとをしていたら、カビたエプロンをしたお姉さんがやってきて、お母さんの役を無理矢理とられてしまった、という答えが返ってきた。 今時の子どもも砂場でおま…

月に吠える

月の表面には相変わらず「Now Printing」の味気ない文字が浮かんでいる。 以前はベランダから月を眺めるのが好きだったのに、今ではすっかり興ざめだ。 ウサギの餅つきにはもう飽きた、とさんざん騒ぎ立てた連中の行方は、未だわかっていないらしい。

幸せのパーティー

仕事を終えて自宅のアパートに帰ると、自転車置き場に、死にかけのサメが横たわっていた。 背びれのところに鞍が取り付けられているのを見るに、どうやらこいつに乗ってここに来た誰かがいるらしい。 今日は夜から雨が降るって言ってたから、ここに置いとい…

最後の

菜箸がフライパンの上でくるくる回っている。 バターを溶かしているのだ。 昨日まで、窓の外の最後の一葉が落ちたら私も死ぬんだと思い込んでいたけど、全然関係なかった。 参ったな。

出歯亀

ある夜、帰路の途中にあるドブ川の傍を通りかかった時、水がびしゃびしゃと波打っていることに気づいた。 昼間見ても濁っているこの汚い川に生き物なんて棲んでいるのか? 興味本位でしばらく目をこらしていると、ふいに波がしんと静まり返り、直後に川の中…

遅延

スーツを着た首のない人々が、朝の駅のホームにひしめき合っている。 彼らの頭を運んでくるはずの列車が、今朝は少し遅れているのだ。 時計を見る目も、アナウンスを聴く耳も、遅刻の言い訳を考える脳味噌もみんな列車の中だから、彼らは朝の光の中で立ち尽…

大脱走

食べられるのが嫌だったわけではなかったらしい。 冷蔵庫の中から逃げ出した豚足は今、玄関で私のハイヒールを履いて楽しそうに歩き回っている。

新世界より

靴を揃え、遺書を置き、未練を捨て、マンションの屋上から身を投げた瞬間、なぜか体がふわりと浮かび上がった。 叩きつけられる予定だったコンクリートが視界の先遥か遠くで、波間に漂う板のように頼りなく揺れている。 わけもわからず呆然としていると、ふ…

蝶が泣く

じょうろに水を溜めて庭に出ると、一匹の蝶が、プランターに植えてある花の上に突っ伏して泣いていた。 うずまき状の口からは細い嗚咽が漏れ、涙は茎を伝って土に染み込んでいる。 何だかその姿が、酔っ払った時の妹に似ていると思った。 今朝は朝から暑いか…

ごちそうさま

温めたコンビニ弁当を電子レンジから取り出そうとした瞬間、家のチャイムが鳴った。 しぶしぶ玄関に行きドアを開けたが、そこには誰もいなかった。 タイミングの悪い、しかも幼稚なイタズラに腹を立てつつ部屋に戻り、改めて電子レンジの扉を開けると、中か…

誕生

公園をジョギング中、敷地の隅に枯れた花壇を見つけた。 周りの花壇には鮮やかな花が咲き乱れているのに、その花壇一つだけが不自然に枯れ果てている。 休憩がてらぼんやりと眺めていたら、花壇の土がもこもこと盛り上がって蠢きはじめた。 モグラでもいるの…

修正

ある日、牧場で飼っている若い牝牛が、事務所に修正液を借りに来た。 何に使うんだと訊くと、この間生まれた子牛の模様が別れた旦那に似ているのが、どうしても気に食わないのだという。 とりあえず子牛を別の牛舎に移し、その日は強い酒を呑んで無理矢理眠…

一握の砂

ふたりしっかりと手をつないで歩いていたはずなのに、私の部屋の前に辿りついた時には、既に彼は私の手の中で一握りの砂になってしまっていた。 初めて本当に好きになった人だったんだけれど、神様は許してくれなかったみたいだ。 砂粒が少し湿っている。 私…

ピース

粉々に砕け散った私の骨を、一匹の蜜蜂が一つ一つ集めて、私を元に戻そうとしている。 私が生きていた頃、庭によく来ていたあの蜜蜂らしい。 右手の小指の先をふらふらと運んできた蜜蜂に、「女王様に叱られたらごめんね」と言うと、蜜蜂は勇ましく羽を鳴ら…

SF

母の墓参りに行ったら、墓石が黄色に点滅していた。 どこかに出かけているらしい。

ツタ

遊び人だった父の葬儀会場に、何かの植物のツタがにょろにょろと入ってきて、器用に線香をあげ、再びにょろにょろと帰っていった。 葬儀が終わった後、親戚や父の友人にさっきのツタについて訊いて回ったものの、結局正体はわからずじまいだった。 とりあえ…

種と扇風機

夏の暑さも和らいできたので扇風機を片付けようとすると、畳の上に小さな黒い種が落ちた。 スイカを食べた時に何かの拍子でくっついたのだろう。 種を拾い、庭に投げ捨てて扇風機を物置にしまった。 * 翌年のある春の日のことだった。 ふと庭を見ると、去年…

擬態

てっきり子猫だと思って拾ってきたのだが、掌に乗せて差し出した餌を、こいつ、耳の穴で吸い込みやがった。

花火女

花火女のクミコさんが、火薬の詰まった頭を氷枕にのせて、悔しそうに夏祭りの灯りを眺めている。 「来年こそは打ち上がってやる」と彼女は意気込んでいるが、俺としてはその前にプロポーズするつもりだ。

蛸の絵

漁港に遊びに行った帰り、蛸を丸ごと一匹買い、生きたまま発泡スチロールの箱に詰めてもらった。 家に帰る車中で、一緒に遊びに行った娘が、バッグに入れておいた色鉛筆をなくしたと騒ぎ出したので、途中文房具屋に寄って新しい色鉛筆を買っていった。 家に…

猫の粒

飼いはじめたばかりの猫が逃げてしまった。 猫の粒を水で戻す時に、水の分量を適当に量ってしまったせいだろう。 もったいないことをした。 猫の粒、高かったのに。 「本物に近い」ってやつ買ったから。 本物知らないけど。

副業

彼女の大きなおっぱいに顔を埋めると、左のおっぱいから誰かの話し声がぼそぼそと聞こえてきた。「ごめんね、左も貸しちゃった」「……」「優しそうなおばあちゃんだったから……」 彼女のおっぱいだから俺がどうこう言えることじゃないけど、出来ればこんな副業…

笑う剥製

夫に浮気がバレそうな予感がしてきたので、面倒なことになる前に浮気相手を剥製にして、クローゼットの奥に隠すことにした。 表情やポーズは私が好きに決めていいと彼が言ってくれたので、彼の笑顔が好きだから剥製も笑顔にしてみたのだが、最近そのことをち…

今昔物語

押入れの奥から出てきたスケッチブックに、小さな掌のスケッチが描かれていた。 確か当時小学生だった私が、自分の掌を見て描いたものだ。 懐かしい気持ちで眺めていると、突然掌がスケッチブックからにゅっと飛び出てきて、私のおっぱいをわしづかみにして…