トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。だいたい土曜日更新。

どこかできいた話

傘と男

雨が降っている。私は傘をさして道を歩いている。十字路を右に曲がり、私は人気のない細い路地に入っていく。 私の前を人が歩いているのが見える。大きな黒い傘をさしている。大柄な男だ。私はぼんやりとその後姿を見ながら、とぼとぼと家路を急ぐ。 雨は止…

叔母さんと大きな手

久しぶりに叔母さんが家に来た。家族はあまりいい顔をしていなかった。この人のこと、私もよく知らない。 「あなたに似合うと思って」 二人きりになったとき、叔母さんはそう言って、キャリーバッグから古いレコードプレーヤーを取り出した。 「何ですか?」 …

訪問者

アパートのベランダから見える廃工場の敷地に、何だかわからない黒い鉄の箱があり、その存在に気づいたその日の晩、知らない家の呼び鈴を鳴らしている夢を見た。 仕事を求めてこの街にやってきたが、仕事より先に見つけなければならないものがあるような気が…

スケッチブックと灰

実家の押入れを整理していたら、古いスケッチブックが出てきた。表紙には私の名前が書かれているが、全然覚えがない。 何を描いたのだろう。 ページを開くと、草原にぽつんと建つ赤い屋根の小さな家の絵が現れた。「田」のかたちをした大きな窓と、花壇らし…

ペンキの缶と肉の壁

肉の壁が崩れた、と役所に電話が入った。私は上司といっしょにペンキを抱え、車で肉の壁に向かった。役所の駐車場の桜の樹は散りはじめていた。 道が空いていたので、十五分ほどで肉の壁に着いた。さっそく調べてみると、なるほど季節柄肉の壁はところどころ…

肉と鍵

窓を開けてうとうとしていたら、黒くて小さな何かが飛んで来て腕にとまった。どうせ蚊だろうと思いそっと目を開けると、見たこともない妙な虫が、私の腕の上をうろうろ歩き回っていた。すぐに叩き潰してもよかったのだが、わざわざ体を動かすのも面倒だった…

波打つ

晩飯のあとにラジオを聴きながらコーヒーを飲んでいたら、とつぜん目の奥がじりじりと痛くなってきた。 しばらく目を閉じてじっとしていたが、痛みは一向に引かない。仕方がないので、効くかどうかは知らないが、ひとまず頭痛用の薬を飲んでおくことにした。…

掌編集・十

(一) 私が住んでいるアパートには、今死にかけの生き物が一人と一頭と居て、片方は私の部屋にいる私の娘、もう片方は隣の部屋にいる老いた象で。どちらももう長くないのだけれど、娘を看取るためにこの部屋にいるのは私だけで、片や象の周りには飼育係や新…

掌編集・九

(一) 今日はお爺ちゃんを焼いてくれてありがとう。火葬場のマスコットキャラクターがモニター越しに話しかけてくる。待合室ではスーツのお姉さんが、お父さんとお母さんに麦茶を注いでいる。 おまけの玩具をあげますよ。モニターの下の取り出し口が低く唸…

日記

真夜中、部屋のどこかから物音が聞こえてくる。くちゃくちゃと、何かを噛んでいるような音だ。 何だろう。 肉っぽいな。 耳を澄ます。 物音は机の方からしているようだ。 机の前に立ち、抽斗を開ける。物音がよりはっきりと聞こえてくる。 やはり何かを食っ…

掌編集・八

(一) 生まれたときの記憶が少しある。 大勢の足音が私の周りに錯綜している。その足音の隙間に「電池、電池」という甲高い叫び声が聞こえる。ほどなくして体の中にガチャンガチャン、という音が響き、直後に私は大声で泣いている。 それだけの記憶だ。 今…

林檎に着替えて

林檎に着替えてくるわと言って、彼女は寝室を出て行きました。 林檎に着替えた彼女は次の朝、庭の木の枝にぶら下がっていました。 林檎に着替えた彼女はよく熟れて、ちょうど食べごろでした。 林檎に着替えた彼女をその日の暮れ方、もぎって籠に放り込みまし…

あはははは

あはははは という言葉だけが刻まれた墓石が、ずっと向こうまで、ずっとずっと向こうまで並んでいますが、だからといって墓地に笑い声などが響いているわけではなく、それどころかこの墓地は、いつ来てもしんとしていて、本当に静かなので、あの人がどんな声…

夢を見た

夢を見た。 風呂の底に地球を沈めている夢だった。 あぶくが一つも浮いてこなかった。

マニュアル

毒の花を育てるゲームです。 目が覚めるとあなたの畑がありますので、そこに毒の花の種を撒きます。 ゲーム内の時間で一週間が経つと、毒の花が咲きます。 花が咲いたら収穫します。しかし、自分のキャラクターで収穫すると、毒が回って死んでしまいます。そ…

掌編集・七

(一) 駅前の公園を掃除している彼女は、明け方、公園の隅で冷たくなっていた私を、ゴム手袋越しに拾い上げると、波模様のハンカチに包んで、清掃服のポケットに突っ込んだ。ハンカチの中はざらざらして冷たかった。 昼休憩の時間、彼女は彼女以外誰もいな…

仕返し

家の柱がささくれていたので、剥いてみたら血が流れ出てきた。つーっと。 とりあえずそのままにして部屋に戻ると、私の部屋が少し狭くなっていた。

パートタイマー

珍しく朝早く目が覚めてしまった。何か遠くで機械の音を聞いたのだ。しかし何だったのかはわからない。 眠りなおすには半端な時間だったので部屋のカーテンを開けると、窓の外、夜が明けたばかりのきめ細やかな青色をさっと広げた空に、野球ボールのように真…

嘘つき

(毎朝、誰かのうめき声が聞こえて、目が覚める。) 嘘つきめ。 う、嘘つき、 嘘つきめ。 (私の声だ。) (突っ張った喉から、しわがれた私の声が、切れの悪い小便のように、ちょろちょろ、ちょろちょろと漏れているのだ。) 嘘つき、 うう嘘つき。 嘘つき…

掌編集・六

(一) 夕方、職のない男が部屋で寝ている。ノックの音がする。男はしぶしぶ立ち上がる。 男はドアの外に声をかける。反応はない。男はささくれた指でドアノブを回す。扉が開く。丸太のようなものが飛んできて男の胸を貫く。 男はそのまま間抜けな顔で息絶え…

闇と川

(真夏。蒸し暑い夜。) (橋の下に老いた男が二人――髭の男と、野球帽の男。) (地面に敷かれた段ボールの上で、ともに暑さにうなされながら眠っている。) (空には月も星もない。真っ暗な闇の中に、男達の寝息と川のせせらぎだけが聞こえている。) (ふ…

お母さんと鳥かご

お母さんと喧嘩した。もう口もききたくないと思った。 仲直りしようとしていたお母さんに「子どもは親を選べないから最悪だ」と言い放って部屋に戻った。 前にクラスの友だちが言っていたのを聞いて、一度使ってみたいと思っていた言葉だったのだ。 夕飯の時…

大家族

(朝のリビング。家族四人分の朝食が用意されたテーブル。) (一つの椅子には制服を着た少年が腰かけており、残りの三辺には細長いプラスチックの板が立てかけられている。) (それぞれの板の隅には油性マジックで小さく、“父”“母”“妹”とメモ書きされてい…

夜話(屋根)

「ぼくんちの屋根は、女のスカートだから、二階のぼくの部屋は、変に暗くて、ときどき妙なにおいがします。 「その妙なにおいを、嗅ぐと、きまってぼくは、体の中を濁った水のようなものが駆け巡る感覚に、襲われます。 「はい。 「ぼくんちの屋根は、女のス…

友情と風船

(夕方のキッチン。エプロン姿の母親が、流し台の三角コーナーをじっと見つめている。) (隣のリビングでは、幼稚園の制服を着た少年がふてくされた顔でテレビを眺めている。) (母親が見つめる視線の先では、三角コーナーの残飯の隙間から、小さな小さな…

コーヒーと唇

いつものように朝食の匂いが漂う廊下を寝ぼけ眼で踏みしめ、台所の扉を開けると、コンロの前に妻の姿はなく、ただテーブルの上の真っ白い皿に、妻の首が載せられてあるだけだった。 首だけになった妻は不満げに眉間に皺を寄せ、じっと目を閉じている。適当に…

夜話(亡くなった夫を)

「亡くなった夫を、ジグソーパズルにしてもらったのですが……友人や親戚に反対されてしまいまして、ええ。で、いろいろと話し合った結果、ひとまず元通りに組み立てて、それから改めて焼いていただくことになりまして。 「夫の実家の広いお部屋をお借りして、…

進行

娘が、亡くなった妻の似顔絵を描いた。 画用紙いっぱいに、ちびたクレヨンで、亡くなった妻の笑顔を描いた。 とてもよく描けているし、何より娘が自慢気なので、絵は台所の壁の、一番目立つ場所に貼ることにした。 ある日の早朝、ふと目が覚めると、隣で寝て…

ベランダとゴミ

朝目覚めると、隣に、昨日の晩、私が殺した私が、横たわっていた。 これで何人目だろうか。深くため息をつき、私は私が殺した私を布団から引きずり出す。私が殺した私は、固く、冷たく、青白い。その上、当然といえば当然だが、殺されているので自分から動こ…

氷と唇

昼休み、公園のベンチに腰かけていたら、とつぜん頭の中がうるさい。 たくさんの氷がぶつかり合ってカランカランとやかましい音を立てている。誰かが私の頭の中に氷を浮かべ、ストローかマドラーか何かそういうものでかき混ぜているらしい。ちょっと昼寝をし…

侵入と痕跡

最近、何だか嫌な感じがする、と思って、お医者さんに診てもらったら、頭の中に、知らない誰かの長い髪の毛が一本落ちていた。

林檎

(リビングのソファに私とあなたが座っている。) (私は本を読み、あなたは誰かに手紙を書いている。) (テーブルの上には真っ赤な林檎が置かれている。) (不意に電話のベルが鳴る。) (私とあなたは顔を見合わせる。) (この家に電話は無い。) (私…

傷と階段

道で転んで、膝を深く擦りむいた。 薄桃色の肉の表面には、四角い蓋がついていた。 蓋を開けると、下り階段が現れた。階段の先には、濃い闇が湛えられていた。 夕暮れの陽ざしが、むき出しの肉を照らし、ぴりぴりと痛んだ。夕暮れの風が、階段の中に吸い込ま…

浮標とスカート

兄が家に恋人を連れてきた。海色の長いスカートを履いた、何だかぼんやりした顔の女だった。 兄が急かしたせいか、彼女は挨拶もそこそこに、兄とともに兄の部屋に入ってしまった。 頃合を見てお茶を持っていくと、兄の部屋いっぱいに海色のスカートが広がっ…

心臓と機械

中学時代の、同窓会に行った。三十年ぶりに会ったクラスメートたちはみな、半透明の四角い機械になっていた。 僕が宴会場の襖を開けると、機械たちは一斉にガビガビと妙な音を発した。どうやら歓迎してくれているらしかったが、どの機械が誰なのかよくわから…

ふるさととえはがき(やさしいひとたち)

やけのはらになった ふるさとを しゃしんにとって えはがきにして やさしいひとたちに うったおかねで みずいろの したぎを かいました。

レモンと恋人

冷蔵庫の中の恋人が、いつの間にかレモンに鍵をかけてしまった。 これではレモンが絞れない。レモンが絞れないと、冷蔵庫の中の恋人を食べるとき、臭くて困る。 耳を澄ますと、冷蔵庫の中の恋人が、くすくす笑う声がきこえた。 あまりに悔しいので、今すぐ残…

唇と抽斗

狭い和室に箪笥が置かれていて、その抽斗を空き巣が漁っている。 一番下の抽斗を開けると、和紙に包まれた着物と、一本の男性器と、折りたたまれた女の脚が収められている。 その上の抽斗を開けると、防虫剤のにおいが鼻をつき、重ねられた冬服と、肉付きの…

掌編集・五

(一) 彼の胸には、開きかけた扉のタトゥーがあった。 「へんなの」と私がからかうと、「へんだろ」と彼ははにかんだ。 ある晩彼のベッドで眠っていると、遠くで扉が閉まる音がして、ふと隣を見ると、仕事で遅くなるはずの彼が寝ていた。 スーツ姿のままだ…

掌編集・四

(一) 庭で苺の詩を摘んだ。 ジャムにした。不味かった。 私の庭には、本物の苺はまだ一度も実ったことがない。うんざりしている。 (二) 金魚鉢に、小さな浮き輪と、小さな靴が浮いていた。金魚はその日かなりの量の餌を残した。 しかし金魚はしれっとし…

夜の重さとペーパーナイフ

最近、布団に入るたび、夜が重い、夜が重いと、思っていたが、今日、とうとう夜の重みで、僕は平たく延ばされてしまった。 寝返りを打つことも、助けを呼ぶこともままならない。 困ったことになった。でも僕は少し落ち着いて、朝になれば元に戻っているだろ…

闇と卵

夫が珍しく自分でスーツをハンガーに掛けていたので、ちょっと調べてみると、スーツの内ポケットに、小さな卵が入っていた。 ああこれ帰り道に拾ったんだと、夫は言った。何の卵だろうねと、夫は言った。何の卵だと思う? と、夫は言った。 夫の分厚い掌の上…

指とカメラ

部屋で寝ていたら、部屋の隅で火が燃えていた。 火の周りには、小さな人々がいて、何やらがやがややっている。背丈より大きなカメラを抱えているのがいたり、さむらいのような恰好をしているのがいたり、どうやら映画か何かを撮っているらしい。 そのうち監…

仕事のない生活と何だかわからない歌

部屋の壁に、厚い唇を持った小さな口が生えてきて、何だかわからない歌を歌っていた。 先週送った履歴書が、ほとんど返ってきてしまったので、もったいないので証明写真だけを剥がして、わざと大げさに、くしゃくしゃ、くしゃくしゃと丸めていると、壁に生え…

蛸と蛸

ある水族館の、薄暗い水槽の底に、蛸が一匹生きている。 かつて水槽を満たしていた、腐った海水は干上がり、隠れ家にしていた飾りの岩も、なよなよとした海草も、今ではすっかりひびわれて、乾いた埃が表面をうっすらと覆っている。 蛸の体はやけに瑞々しい…

犬と泥棒

長い雨が降った次の日、庭の隅に水たまりが現れた。鏡のように美しい、傷ひとつないその水面を、庭で飼っている飼い犬が興味深そうに覗き込んでいる。 洗濯物を干しながらその様子を眺めていると、とつぜん水たまりの中から、女らしい腕が出てきて飼い犬をゆ…

梨とバクダン

いつもより遅く帰ってきた妹が、晩飯を食べているとき、「この梨は甘いけど、バクダンは苦いのよ」とつぶやいた。 その夜、妹の下着を脱がせたとき、太腿の間からかすかに、火薬のにおいが漂ってきた。

種と献身

(よく整えられた美しい病室のベッドで、目覚めない僕が眠っている。) (傍らには彼女がいて、目覚めない僕の髪を撫でながら、目覚めない僕の顔を覗き込んでいる。) (やがて彼女は堪えきれなくなった様子で、はらはらと涙を流しはじめる。目覚めない僕の…

暗がりと果実

叔父夫婦の家には二階の突き当たりに部屋があって、そこからいつも甘い香りが漂っていた。 叔父夫婦には子がおらず、遊びに行くとその分私を可愛がってくれていたが、その部屋のことを尋ねると、必ず話をはぐらかされた。 ある日叔父夫婦の家に泊まりに行き…

瞳と視線

僕の牢にあてがわれたのは、顔のない看守だった。 一日中つるんとした顔を僕に向けて、マジックペンで、僕を監視するための目を描いている。 一日中というのは、どうやらインクと顔の素材の相性が良くないらしく、描いたそばから、目が消えていってしまうか…