トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

どこかできいた話

掌編集・十六「やさしさ、窓と卵、雨と野良猫」

【一.やさしさ】 シャンプーを洗い流そうとシャワーの栓をひねったが、お湯が出ている音はするのに、お湯が頭に当たっている感じがしない。 そっと目を開けると、誰かが私の頭上で傘をさしていた。 【二.窓と卵】 昨日買った卵の一つに、小さな窓がついて…

掌編集・十五「象は賢い動物です、櫛、骨め」

【一.象は賢い動物です】 象は賢い動物です。 たとえばあの象を見てください。 長い鼻でペンチを器用に操って、壊れた飼育員を自分で修理していますね。 本当は飼育員がいなくても生きていけるのですが、飼育員の家族が泣いているのを見て修理することにし…

掌編集・十四「入れ食い、きっかけ、転校生と綿」

【一.入れ食い】 ご覧になりましたか、あの列車。 すっかり齧り尽くされていましたね。 あの山にトンネルを掘ったのがそもそもの間違いだったんですよ。 私のおばあちゃんが言ってましたもん。 アレはいつも腹を空かせているんだって。 【二.きっかけ】 呑…

鍋とぷにぷに

昨日のカレーの残りを朝ごはんに食べようと鍋の蓋を開けると、何か真ん中に深いくぼみのある、白くてぷにぷにしたパンのような物が鍋にぎっちり詰まっていた。 それがヘソと腹だと気づくまでにしばらく時間がかかった。

掌編集・十三「煙突、口が痛い、虎と下着」

【一.煙突】 友達と遊んだ帰り道、ふと何か嫌な気配を感じて後ろを振り返ると、近所の工場の煙突に大きな喉仏がくっついていて、夕焼け空を飛ぶ鳥の群れをごくごくと飲み込んでいた。 【二.口が痛い】 口の中が痛くて目が覚めた。 どうも口内炎や虫歯とい…

掌編集・十二:壁、十二時、クミコ

【一.壁】 日曜日の昼下がり、4歳になる息子が庭に出て、にこにこ笑いながら家の壁にホースで水をぶちまけていた。 いたずらしちゃダメでしょ、とホースを取り上げると、息子は困ったような顔をしてあっさり引き下がった。 次の日の朝、庭に出て洗濯物を干…

冷たい風船

冷蔵庫の扉を開けた瞬間、飛び出てきた風船に鼻の頭を小突かれた。 昨日買ってきた手首がどうしても離そうとしなかったので、仕方なくそのまま入れたのだった。 邪魔くさいなぁとは思うが、この風船が萎みきってしまう頃には手首も使い物にならなくなってい…

夜のト書き

最初のまばたきの間に部屋の蛍光灯が切れ、 次のまばたきの間にドアが開き、 さいごのまばたきを終えた瞬間、後ろから何かに肩を叩かれる。

めし

めしめし、と鳴く猫を背に、女が台所に立ち尽くしている。 何気なく手をかけた冷蔵庫の中から、人の気配がするのだ。 いつもの肉屋に寄ればよかったのに。

雲と歯型

墓の上の空に浮かぶ大きな雲が、細かい歯型とともに小さくなっていく。 墓の下で眠る娘がまたお腹をすかせているらしい。

朝、駅に行くと、3番線に巨大な繭が横たわっていた。 いつもの列車が蝶になろうとしているようだ。 奇妙な静けさの中、4番線にやってきた列車が、いつもの面子を飲み込んだあと、ため息をつきながら扉を閉めた。

凪(母)

夏休みのある日、縁側で昼寝をしていた。 一時間くらい経った頃、家の中が急に蒸し暑くなったような気がしてふと目が覚めた。 水を飲もうと台所に行くと、お母さんが風鈴を食べていた。

イミテーションゴールド

脚の間から浮気相手がひょいと顔を覗かせ、「ここに蝶のりんぷんがついてますよ」と言った。 夜の間に家の誰かが標本のピンを抜いたのだろう。「舐めたら風邪ひくわよ」と答えると、浮気相手がおじいさんみたいな声で笑った。

ニューヨークニューヨーク

真昼間の波止場で、腹から血を流して倒れている男 目をいっぱいに見開いて、天高く輝くアレが、おっぱいなのか太陽なのか確かめようとしている。 さようなら。

めまい

自転車のかごに神様の首を放り込んで、野球帽の少年が山道を駆け下りていく。 少年の火照った胸にまとわりつく汗を、夏の風が心地よく舐めていく。 自転車のかごの中で揺られる神様の首を見ながら少年は、同級生の驚く顔を想像する。 これで俺が一番だ。 上…

スウィートドリームス

らぶゆーと彼女は囁き私の小指を飲み込んだ。 部屋の外では年老いた見張り番が古い映画の夢を見ている。

月になる

夜中にこっそりベッドを抜け出し、夜空に寝そべり、黄色い毛布をすっぽりかぶり、満月のマネをしてふざけていた姉は、やがて夜の闇に少しずつかじられて、半月になり三日月になり、とうとう跡形もなく消えてしまった。 次の日の朝、病院の人は、誰もいないベ…

公園の藤棚の鳥の巣に、給食のパンをちぎってあげていたら、立派な服を着た人たちが空の上からおりてきて、「巣の中に巣があるわね」と笑いながら僕にパンを投げて寄越した。 僕は力なく笑いながら、パンについた砂を払った。

鍋とラード

夕日を遮るたくさんの影の中から、笑い声が聞こえる。 ラジオから流れる夕暮の歌の中で、私はうつむいて立ち尽くしている。 夕日のほとりのドブ川に、すえたワインのにおいが立ち込めている。 ラードで地面に描かれた輪の中で吐き気をこらえる私を見て、チー…

蛇と笛

ずっと昔、酔った女を俺の部屋で介抱していた時、乾いた寝息を立てて眠る女の首筋に、いくつもの穴が空いているのを見つけた。 何気なく指で一つの穴を塞いでみると、女の寝息の音色が少し変わった。エキゾチックな感じの不思議な音色で、聞いていると体中の…

舞台用台本「ドーン」

(爆撃の音や銃声が聞こえる。)(舞台の下手、「怪獣」の姿が浮かび上がる。)(白いワンピースを着た華奢な少女。)(「怪獣」は周りの砲撃の音に耳を塞ぎ、目を強く瞑る。)(高まる砲撃の音。)(「怪獣」はやがて胸を押さえその場に崩れるようにして倒…

さんぽ道

盗まれた花や人形たちが、さんぽ道を縁取るように立ち尽くしている。縫い目のほどけたサルやクマたちは二階の窓に腰かけ、囁くように彼女たちを罵っている。 * 森をつらぬくさんぽ道は、毛糸の髪の毛を朝露で湿らし、燃えるような夕焼けの赤は、フェルト地…

舞台用台本「夏のコント」

(夏。夕方。非常に暑い午後の空気が少し落ち着いてきた頃。アパートの一室。)(窓にぶら下がった風鈴、中途半端に育ったハーブの鉢植え、化粧品や小物が雑多に置かれたガラスのテーブル……等に囲まれて、一人の若い女(女1)が壁にもたれて、文庫本を読んで…

影と殺虫剤

病院の待合室でぼーっと座っていたら、壁にかかった私の影の胸の辺りが、少しずつほどけて、壁の中から誰かが出てきました。 怖くて動けなかったので、通りかかった看護婦さんに泣きついたら、影のほどけたところに殺虫剤をかけてくれて、そうしたら影が元に…

雲と飛行機

腐った雲が夏空を流れていく。 石鹸のマークがついた飛行機が、それを追いかけていく。 団地のお母さんたちが一斉にベランダに出てきて、慌てて洗濯物を取り込む。 腐った雲は夏空をどこまでも流れていく。

歯型

朝起きると二の腕に歯型がついていた。 寝ている間に自分で噛んでしまったらしい。 何だかよくわからないが、とりあえずいつものように洗面台の前に立ち、顔を洗っていると、頭の上から「痛いから噛まないでください」という声が聞こえてきた。 恐る恐る顔を…

雨と新品

突然降り出した雨の中、家路を駆けていく。 雨漏りの音が頭の中に響いてうるさい。 昨日市場で安く買った頭だから、どこかうまく繋がっていないのかもしれない。 前まで使っていた頭は上司の子どもに譲ってしまった。 昔誕生日に親が買ってくれた良い頭だっ…

しおりちゃん

カビが生えてしまったので、綺麗に洗って、薄く切って乾燥させて、本の栞にした。 文庫本は常に持ち歩いているので、これならいつも一緒にいるみたいで嬉しい。

桃の水

友人の家に遊びに行くと、友人のお母さんが、昔よく出してくれていた桃の香りのする水のことを思い出します。 友人のお母さんは桃の香りの息を吐き出す唇を持っていて、それを水に沈めて桃の水を作っていました。 水を入れたプラスチックのポットの中で桃の…

人の焼ける煙を見上げながら歩いていたら、何もない道で足をひねった。 ただのねん挫と医者には言われたが、半年くらいぐずぐず痛みが引かなかった。