トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

ちゅうい

ああ、この家か。 伝票に書かれた住所を見て、思わずため息がこぼれる。 いやなんだよな、この家に配達に行くの。 なんなんだよ、玄関のあの張り紙。「元人間にちゅうい」って。

近い

首吊りに使われた街灯が、その日を境にどんどん猫背になりつつある。まぁ、気持ちはわかるけど、そんなに落ち込むなよ。近いよ。眩しいよ。

こっぷ

くすりをのむのにつかったこっぷが、こいのぼりみたいなおおきなくちで、びょうきがなおったらぴくにっくにつれていってください、といったので、どこへいきたいの、とたずねると、こっぷは、やわらかいつちのうえなら、どこでも、とこたえた。おもいきりこ…

しるし

おかえりなさい あれ? ねこでもひいた? かげが すごくつめたいよ

蛸、あじはしらない

まいにち、ゆうぐれどきに、みせのまどのまえをとおるおんなのこが、てをふっていたあいては、おれではなく、いけすのなかの蛸だった。蛸のやろう、さいきん、ゆうぐれどきにやたらあかいから、よくしらべたら、そういうことだった。あるよる、蛸のにぎりを…

好き嫌い

あなたの部屋の上の部屋で男が殺されたんです。若い警察官はそう言った。 けれど死体が見つからないんです何か知りませんか。若い警察官はそうぼやいた。 さあ。 そうですか。 それから一週間ほど経った頃、私の部屋の天井に、その殺されたという男らしい顔…

母ちゃん。 あの雪だるま、いつまで経っても、溶けないね。 ××ちゃん。 お坊さん呼んできて。

深夜バイトの帰りに、夜明け前の薄暗い商店街を歩いていたら、暗がりから妙な音が聞こえてきた。音の方へ目をこらすと、随分前に夜逃げした洋服店のショーウィンドウの中で、カラス?の群れが、マネキン?の腹?をくちばし?で破り、肉?を食って?いた。「…

、と。

庭の柿の木から実を一つもぎり、切り分けていると、本来なら種のあるべき場所に、種ではなく、丸いドーナツみたいなものが埋めこまれていた。五分くらい考えて、そのドーナツみたいなものが、句点であることに気がついた。するとどうやら、今まで種だと思っ…

授与

右手にナイフを握りしめた男が ニコニコ笑いながら 人ごみの真ん中で 俺にそのナイフを振り下ろそうとしている が 道行く人も警官も何も言わないのは その男の左手に 俺の耳をかたどったトロフィーが 抱えられているからなのだろう 夕暮れの街の路上で 賞品…

隣人

この辺の土地は、夜になると、電信柱の立ち並ぶ中に、たまにストローが一本、混じっていることがあるんですよ。そうです、ジュースとか、吸うための、あのストローです。だもんでね、夜に、ワンちゃんを散歩させる時は、気をつけてあげてほしいんですよ。人…

治る

千羽鶴をぶら下げた、細い雲が、何本も、何本も、ゆっくりと、ゆっくりと、空を流れていく。 真っ青に輝く夕日に向かって。 早く治るといいね。 俺には、そんなことしか。

侵略

昼寝をしていた。 * 夢をみた。 * 緑色の手と、握手する夢。 * 目覚めると、体が金縛りみたいに、動かせなかった。目だけ動かして、周りを見回すと、私の胸に、小さな旗が刺さっているのが見えた。 * お子様ランチみたい。だと思った。 * へそからは眩…

ウィンク

ベランダで星を眺めていたら、一つの星がウィンクするように瞬いたので、思わずこちらもウィンクを返すと、その星はふっと消えて見えなくなった。 次の瞬間、足元に何かが落ちてきた、軽い音とともに。 一通の手紙だった。 青だか赤だかわからない不思議な色…

ピィぷぅ

充電してください 充電してください ベビーベッドの中でそう繰り返す 妹の声が聞きたくなくて 俺はピィぷぅピィぷぅ鳴るビニールの犬を ひたすら踏みつけ続けていたっけ

蝶も俺も

夜、家に帰ると、玄関の上の方がほんのり明るい。よく目をこらすと、大きな蜘蛛の巣の中で必死にもがく蝶のシルエット、その蝶のシルエットの上を、プロ野球の結果を伝えるニュースが右から左へ流れていくのが見えた。 電光掲示板に擬態する蝶だ。この辺で見…

象の話をいくつか

【林檎】 大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に? 【少女】 うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほん…

パラソル

どしゃ降りの中を傘をさして歩いていると、足下からほんのり甘い香りが漂ってきた。見ると、茶色い水たまりの中に、パラソル型チョコレートの柄の部分だけが、ぽつんと浮かんでいた。何となく眺めていたら、皺だらけの手が現れ、それをひょいと拾い上げた。…

晩夏

着信履歴の文字列に、潰れた蚊のようなものがぽつぽつ混じるようになってきた。そろそろ墓参り行かなくちゃ。

爪と指と腕

「爪」 アパートの隣室から、かれこれ三時間近く、爪を切る音が聞こえ続けている。 「指」 洗濯機から取り出した夫の古い作業着のポケットから、ぎゅっと小さく丸まった紙の塊が出てきた。広げてみるとそれは夫が書いた私の設計図だった。 指の動きの滑らか…

だれ

せんせ。いま、胃カメラとすれちがったの、だれれすか?

予報

ゆうべ、お母さんに殺される夢を見たよ。 てことは、今日は雨になるね。

雨も降っていないのにマンションの廊下が雨漏りしていたので、管理人に伝えると、管理人は管理人室のロッカーから錆びた鉗子とメスみたいなものを取り出し、ふっと大きく息を吐いた。 「なんですかそれ」「や」 管理人は暗い、強張った顔で、それを握りしめ…

一応

「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ほくろです」「これはほくろ」「はい」「じゃ、こっから先が人間なんだ」「ま、一応」「ふーん」

幼い頃、絵本の猿にえぐり取られた右の目玉が、二十年経った今、隣町の図書館で見つかったと連絡が来た。あの絵本は捨てたものだと思っていたので、とてもびっくりした。 早速図書館に行き、目玉を返してもらうついでに、「あの猿はどうしました」 と司書に…

サイン

昼寝をしていた娘のいびきが、葉擦れの音へと変わっていった。 後で訊いたら、森の夢を見ていたというので、森に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。 * 昼寝をしていた娘のいびきが、波の音へと変わっていった。 後で訊いたら、海の夢を見ていたとい…

路傍

違うよ。 ここに子猫を捨てていく人がいるんじゃないんだよ。 ここに子猫を産んでいくおばさんがいるんだよ。

友情

結局、親友の××君の右目だけは、転校せずに済むことになった。 一時はどうなることかと思った。 なっ。

貯水槽

×月×日午前九時から十一時まで、 貯水槽の点検を行います。 点検中の水道のご使用はお控えください。 なお、点検後は各部屋すべての蛇口を開けていただき、 水から視線を感じなくなるまで、 充分流しっぱなしにしてからご使用ください。

人間の皮を丸めて筒にしたようなものを片手に持った制服の男が、掲示板の前に立っていたので眺めていた。 制服の男が広げたその皮のようなものは、確かに人間の皮だったのだが、胸から腹にかけて綺麗に毛が剃られていて、そこへ行方不明者の情報が載っていた…