トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

爪と指と腕

「爪」 アパートの隣室から、かれこれ三時間近く、爪を切る音が聞こえ続けている。 「指」 洗濯機から取り出した夫の古い作業着のポケットから、ぎゅっと小さく丸まった紙の塊が出てきた。広げてみるとそれは夫が書いた私の設計図だった。 指の動きの滑らか…

だれ

せんせ。いま、胃カメラとすれちがったの、だれれすか?

予報

ゆうべ、お母さんに殺される夢を見たよ。 てことは、今日は雨になるね。

雨も降っていないのにマンションの廊下が雨漏りしていたので、管理人に伝えると、管理人は管理人室のロッカーから錆びた鉗子とメスみたいなものを取り出し、ふっと大きく息を吐いた。 「なんですかそれ」「や」 管理人は暗い、強張った顔で、それを握りしめ…

一応

「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ネジの頭です」「これは?」「ほくろです」「これはほくろ」「はい」「じゃ、こっから先が人間なんだ」「ま、一応」「ふーん」

幼い頃、絵本の猿にえぐり取られた右の目玉が、二十年経った今、隣町の図書館で見つかったと連絡が来た。あの絵本は捨てたものだと思っていたので、とてもびっくりした。 早速図書館に行き、目玉を返してもらうついでに、「あの猿はどうしました」 と司書に…

サイン

昼寝をしていた娘のいびきが、葉擦れの音へと変わっていった。 後で訊いたら、森の夢を見ていたというので、森に遊びに連れていったら、とても喜んでいた。 * 昼寝をしていた娘のいびきが、波の音へと変わっていった。 後で訊いたら、海の夢を見ていたとい…

路傍

違うよ。 ここに子猫を捨てていく人がいるんじゃないんだよ。 ここに子猫を産んでいくおばさんがいるんだよ。

友情

結局、親友の××君の右目だけは、転校せずに済むことになった。 一時はどうなることかと思った。 なっ。

貯水槽

×月×日午前九時から十一時まで、 貯水槽の点検を行います。 点検中の水道のご使用はお控えください。 なお、点検後は各部屋すべての蛇口を開けていただき、 水から視線を感じなくなるまで、 充分流しっぱなしにしてからご使用ください。

人間の皮を丸めて筒にしたようなものを片手に持った制服の男が、掲示板の前に立っていたので眺めていた。 制服の男が広げたその皮のようなものは、確かに人間の皮だったのだが、胸から腹にかけて綺麗に毛が剃られていて、そこへ行方不明者の情報が載っていた…

明日

ある日突然姿を消した友人の部屋から、ゴミ箱一杯の、「明日」と印刷されたレシートが見つかった。 レシートの日付は、友人がいなくなった日の二日前までで途絶えていた。 ゴミ箱からレシートを一枚拾い上げ、そこに載っていた電話番号に掛けてみた。 数回の…

心労

今の彼とお付き合いするようになってから、おばあちゃんの遺影から抜け落ちてくる白髪の数が増えた。 親に小言を言われるのは全然平気だけど、こういうのは、結構きつい。

サムライ

満員の通勤列車の網棚の上に、 大蛇が横たわっていて、 お腹が、 おっさんの形に膨らんでいた。 後ろの車両へ行くほど、 大蛇は細いので、 前の車両に頭があって、 それにおっさんが呑まれたのだろう。 なぜ腹の形だけで、 おっさんだとわかったのかというと…

樹のこと

早朝、近所の路地を、 一本の樹が、 うろうろ歩き回っていた。 焦っているようだった。 困っているようだった。 樹液のようなものが滲んでいたが、 脂汗だった。 樹は、 何かぶら下げていた。 樹の、 一番太い枝で誰かが首を吊っていた。 樹は、 これにうろ…

寝てる?

ママ、寝てる? ねぇ、寝てる? ねぇ、ママ、寝てる? 起きてるよお。 寝テロヨお。

年頃

娘の墓前に手を合わせていると、ふいに娘の墓石から、前回ここを訪れた時とは違うシャンプーの香りが漂ってきた。 年頃だから仕方ないが、墓前ではやっぱり線香の匂いに包まれたいものだと、妻と二人で苦笑いした。

栄養

壁の傷は、口内炎だった。

視る

それが田んぼの畝ではなく、巨大な目尻の皺だと気づいた時には、もう、村に残されているのは私だけだった。

隙間風

あの音は、隙間風じゃなくて、私たちを呼ぶ、犬笛みたいなものなんだけど、あの音が聞こえるってことは、君もやっと、私たちの家族になれたんだね。

銀紙

ガムを噛んでいたら、味がなくなってきて、口の中から頭へ伝わる、くちゃくちゃという音が、味がなくなるにつれて、ギシギシという嫌な音に変わってきた。まるで古い学校のかびた廊下を誰かがゆっくり歩いてくるのを聞いているような、不安な音だった。その…

怒号

「絶対に入らないでください」 そう釘を刺された分娩室から、妻の苦しそうな叫び声とともに、「絶対に出すな」 という医者の怒号が聞こえてきた。 何だか大変なことになっている。 居ても立っても居られず、少しでも様子を見ようと長椅子から立ち上がった時…

物件の条件

あ、子どもの歯形、見えますか?でしたら、家賃が少しお安くなります。

行方

校庭の隅にある木の近くで遊んでいた子が、また一人行方不明になった。 先生やお父さんやお母さんは監視カメラがどうとか、パトロールがどうとか大騒ぎしてる。 そろそろ誰か、あれは木じゃなくて「喉」なんですよ、って教えてあげた方がいいんじゃないかな。

日記(蚊)

8月1日 明日から田舎のおばあちゃんの家に泊まりにいきます。 カブトムシをたくさん捕まえたり、いとこの××ちゃんといっぱい遊びたいです。 おばあちゃんの家の周りには、人間の影の方を狙う蚊が出るから、夏休みが終わったあと、友だちと比べて、ぼくの影だ…

日記(はじまりとおわり)

7月20日 最近、××君の様子がおかしい。何だかいつもそわそわしている。 それとなく訊いてみると、やはり好きな人が出来たとのことだった。 相手が誰なのかしつこく尋ねてみたが、「そのうち紹介するよ」とはぐらかされてしまった。 気になる。 7月23日 今日…

日記(夜食)

7月21日 部活の帰りに、夜道で「××くーん、夜食よー」と言いながらベビーカーを押す女の人とすれ違った。薬を飲んで寝る。

日記(ささくれ)

7月17日 今朝、町内の掲示板に何気なく目をやると、見慣れないポスターが貼られており、「薪にしてください」という言葉とともに、木彫りの女みたいな物が何十体と写った写真が印刷されていて、その依頼主の名前は、自殺した友人のお父さんのもので、木彫り…

仏壇の部屋からボリボリと音がする。また線香を食ってるらしい。饅頭とか、置いてるだろ。もう。

冷や

「もう無理です、お腹いっぱいです、勘弁してください」 棺桶の中から聞こえてくる苦しそうなその声をかき消すように、読経の声が一層高まった。