トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。だいたい土曜日更新。

どこかできいた話

掌編集・十三「煙突、口が痛い、虎と下着」

【一.煙突】 友達と遊んだ帰り道、ふと何か嫌な気配を感じて後ろを振り返ると、近所の工場の煙突に大きな喉仏がくっついていて、夕焼け空を飛ぶ鳥の群れをごくごくと飲み込んでいた。 【二.口が痛い】 口の中が痛くて目が覚めた。 どうも口内炎や虫歯とい…

掌編集・十二:壁、十二時、クミコ

【一.壁】 日曜日の昼下がり、4歳になる息子が庭に出て、にこにこ笑いながら家の壁にホースで水をぶちまけていた。 いたずらしちゃダメでしょ、とホースを取り上げると、息子は困ったような顔をしてあっさり引き下がった。 次の日の朝、庭に出て洗濯物を干…

冷たい風船

冷蔵庫の扉を開けた瞬間、飛び出てきた風船に鼻の頭を小突かれた。 昨日買ってきた手首がどうしても離そうとしなかったので、仕方なくそのまま入れたのだった。 邪魔くさいなぁとは思うが、この風船が萎みきってしまう頃には手首も使い物にならなくなってい…

夜のト書き

最初のまばたきの間に部屋の蛍光灯が切れ、 次のまばたきの間にドアが開き、 さいごのまばたきを終えた瞬間、後ろから何かに肩を叩かれる。

めし

めしめし、と鳴く猫を背に、女が台所に立ち尽くしている。 何気なく手をかけた冷蔵庫の中から、人の気配がするのだ。 いつもの肉屋に寄ればよかったのに。

雲と歯型

墓の上の空に浮かぶ大きな雲が、細かい歯型とともに小さくなっていく。 墓の下で眠る娘がまたお腹をすかせているらしい。

朝、駅に行くと、3番線に巨大な繭が横たわっていた。 いつもの列車が蝶になろうとしているようだ。 奇妙な静けさの中、4番線にやってきた列車が、いつもの面子を飲み込んだあと、ため息をつきながら扉を閉めた。

凪(母)

夏休みのある日、縁側で昼寝をしていた。 一時間くらい経った頃、家の中が急に蒸し暑くなったような気がしてふと目が覚めた。 水を飲もうと台所に行くと、お母さんが風鈴を食べていた。

イミテーションゴールド

脚の間から浮気相手がひょいと顔を覗かせ、「ここに蝶のりんぷんがついてますよ」と言った。 夜の間に家の誰かが標本のピンを抜いたのだろう。「舐めたら風邪ひくわよ」と答えると、浮気相手がおじいさんみたいな声で笑った。

ニューヨークニューヨーク

真昼間の波止場で、腹から血を流して倒れている男 目をいっぱいに見開いて、天高く輝くアレが、おっぱいなのか太陽なのか確かめようとしている。 さようなら。

めまい

自転車のかごに神様の首を入れて、少年が山道を駆け下りていく。 少年の火照った胸にまとわりつく汗を、夏の風が心地よく舐めていく。 上級生たちの驚く顔を想像して、少年は上機嫌だ。 少年の家では、まだ幼い彼の妹のおっぱいが、突然かたく張り出していた…

スウィートドリームス

らぶゆーと彼女は囁き私の小指を飲み込んだ。 部屋の外では年老いた見張り番が古い映画の夢を見ている。

月になる

夜中にこっそりベッドを抜け出し、夜空に寝そべり、黄色い毛布をすっぽりかぶり、満月のマネをしてふざけていた姉は、やがて夜の闇に少しずつかじられて、半月になり三日月になり、とうとう跡形もなく消えてしまった。 次の日の朝、病院の人は、誰もいないベ…

公園の藤棚の鳥の巣に、給食のパンをちぎってあげていたら、立派な服を着た人たちが空の上からおりてきて、「巣の中に巣があるわね」と笑いながら僕にパンを投げて寄越した。 僕は力なく笑いながら、パンについた砂を払った。

鍋とラード

夕日を遮るたくさんの影の中から、笑い声が聞こえる。 ラジオから流れる夕暮の歌の中で、私はうつむいて立ち尽くしている。 夕日のほとりのドブ川に、すえたワインのにおいが立ち込めている。 ラードで地面に描かれた輪の中で吐き気をこらえる私を見て、チー…

蛇と笛

ずっと昔、酔った女を俺の部屋で介抱していた時、乾いた寝息を立てて眠る女の首筋に、いくつもの穴が空いているのを見つけた。 何気なく指で一つの穴を塞いでみると、女の寝息の音色が少し変わった。エキゾチックな感じの不思議な音色で、聞いていると体中の…

舞台用台本「ドーン」

(爆撃の音や銃声が聞こえる。)(舞台の下手、「怪獣」の姿が浮かび上がる。)(白いワンピースを着た華奢な少女。)(「怪獣」は周りの砲撃の音に耳を塞ぎ、目を強く瞑る。)(高まる砲撃の音。)(「怪獣」はやがて胸を押さえその場に崩れるようにして倒…

さんぽ道

盗まれた花や人形たちが、さんぽ道を縁取るように立ち尽くしている。縫い目のほどけたサルやクマたちは二階の窓に腰かけ、囁くように彼女たちを罵っている。 * 森をつらぬくさんぽ道は、毛糸の髪の毛を朝露で湿らし、燃えるような夕焼けの赤は、フェルト地…

舞台用台本「夏のコント」

(夏。夕方。非常に暑い午後の空気が少し落ち着いてきた頃。アパートの一室。)(窓にぶら下がった風鈴、中途半端に育ったハーブの鉢植え、化粧品や小物が雑多に置かれたガラスのテーブル……等に囲まれて、一人の若い女(女1)が壁にもたれて、文庫本を読んで…

影と殺虫剤

病院の待合室でぼーっと座っていたら、壁にかかった私の影の胸の辺りが、少しずつほどけて、壁の中から誰かが出てきました。 怖くて動けなかったので、通りかかった看護婦さんに泣きついたら、影のほどけたところに殺虫剤をかけてくれて、そうしたら影が元に…

雲と飛行機

腐った雲が夏空を流れていく。 石鹸のマークがついた飛行機が、それを追いかけていく。 団地のお母さんたちが一斉にベランダに出てきて、慌てて洗濯物を取り込む。 腐った雲は夏空をどこまでも流れていく。

歯型

朝起きると二の腕に歯型がついていた。 寝ている間に自分で噛んでしまったらしい。 何だかよくわからないが、とりあえずいつものように洗面台の前に立ち、顔を洗っていると、頭の上から「痛いから噛まないでください」という声が聞こえてきた。 恐る恐る顔を…

雨と新品

突然降り出した雨の中、家路を駆けていく。 雨漏りの音が頭の中に響いてうるさい。 昨日市場で安く買った頭だから、どこかうまく繋がっていないのかもしれない。 前まで使っていた頭は上司の子どもに譲ってしまった。 昔誕生日に親が買ってくれた良い頭だっ…

しおりちゃん

カビが生えてしまったので、綺麗に洗って、薄く切って乾燥させて、本の栞にした。 文庫本は常に持ち歩いているので、これならいつも一緒にいるみたいで嬉しい。

桃の水

友人の家に遊びに行くと、友人のお母さんが、昔よく出してくれていた桃の香りのする水のことを思い出します。 友人のお母さんは桃の香りの息を吐き出す唇を持っていて、それを水に沈めて桃の水を作っていました。 水を入れたプラスチックのポットの中で桃の…

人の焼ける煙を見上げながら歩いていたら、何もない道で足をひねった。 ただのねん挫と医者には言われたが、半年くらいぐずぐず痛みが引かなかった。

ぶんぶん

近所に廃墟になった家があり、居間だったらしき場所に割れた電球がぶら下がっている。 その割れた電球の周りを、毎晩黒い虫がぶんぶんと飛び回っているのだが、たぶんあれは虫ではないし、羽音でもない。

舟とスプーン

椅子に座る私の目の前に、氷水の入ったコップがあり、水面にひしめく氷の隙間には、小さな舟が浮かんでいる。 小さな舟には人がいて、寝転んで空を眺めている。 その人は誰でもいい。 じゃあ私でいい。 椅子に座る私はストローを取り出す。先っぽがスプーン…

昔住んでいた家の庭の隅には、私が幼い頃に亡くなった老犬の墓があった。祖母と私で作った手作りの質素な墓で、私は毎朝線香をあげ、墓の周りを掃除していた。 ある朝いつものように墓の前に行くと、墓碑が倒れ、土が掘り返されていた。カラスか何かのイタズ…

傘と骨

夜、ペットの熱帯魚に餌をやっているとインターフォンが鳴った。来客が訪れてくるような時間帯ではない。足音を殺して玄関のドアの前に立ち、そっとドアスコープを覗いたが、暗くて何も見えなかった。 仕方なくチェーンをかけおそるおそるドアを開けると、赤…

まだいる

あの頃の話をする。 * その日も、団地に建つある一棟のマンション、その最上階のエレベーターの前に、私たちは集まっていた。 私たちの間には、興奮と緊張がない交ぜになって漂っていた。 私たちは四五人の子どもの集団で、その中の一人は鳥かごを抱えてい…

ゆりかご

昔住んでいた家の近所に、庭の木の枝にゆりかごがぶら下がっている家があった。 ひと気はあるものの、誰が住んでいるとかそういうことは全然わからない家で、私は通学のために毎日朝と夕方にその家の前を通りかかり、木の枝にぶら下がったゆりかごを目にして…

砂場

夕日に染まる公園の砂場で、子供が穴を掘っている。 公園の出口辺りに設置されたスピーカーから童謡が流れている。 砂の上に長い人影が現れて、子供の目の前に横たわる。 子供は人影の主の方へ目をやる。 しかし逆光で顔がわからない。 * 子供は目の前の人…

泡と霧雨

休日の子供部屋。 少女が机に向かって勉強している。 目の前の壁には写真が飾られている。 どこかの湖で撮った写真。少女と、その家族と、晴れた空と、湖。 * 勉強に疲れた少女が顔を上げると、窓の外に霧雨が降っている。 さっきまで晴れていたのに。 少女…

象を飼いはじめたよ。 象? あの、鼻の長い。 あの象? うん、あの象。 ふうん。 * 象はどう? 象は温かいよ。 象は吠える? 象は吠えないよ……少なくともうちのは。 象は何を食べる? 色々だよ。 色々? 草とか果物とか……穀物……芋……。 象といて楽しい? 象といて楽…

休憩と軽食

後部座席でうとうとしていたら山道の途中で車が止まった。 「ガス欠だな」と父さんが言った。 「さっき入れたばっかりじゃない」と母さんが言った。 父さんと母さんが車を降りてあちこちを調べ始めた。私と妹はぼんやりした目でそれを眺めたり眺めなかったり…

目眩

気がつくと、それを握りしめたまま、自販機の横にある空き缶用のゴミ箱に、手を突っ込んでいる、 手を離すと、ガコン、という音がする、思っていたよりもずいぶん大きな音だ、 ゴミ箱にたかっていた二匹の蟻が、一瞬身体を強張らせて、そそくさと逃げ出す、 …

ぴーっ

病室のベッドに、子どもの名前が書かれた四角い機械が置かれている。 傍らには父親らしき男が座っている。 父親らしき男はポケットから笛ラムネを二つ取り出し、一つは自分の口にくわえ、もう一つを機械のトレーの中に放り込む。 父親らしき男が笛ラムネを吹…

桃と水槽

(昼下がりの、狭い部屋。あなたと私が、テーブルを挟んで座っている。) (ここはあなたの部屋で、私は何かの用事があってここを訪れた。テーブルにはお茶や煎餅が置かれている。) (部屋にはガラス戸があり、その向こうにはベランダがある。そして、その…

おかたづけ

首の長いきりんのぬいぐるみを、娘は持っていました。 きりんの長い首には、何か芯のような物が入っていて、私たちが何もしなければ、首は自然にぴんと立つようになっていました。 ある日家に帰ると、娘が私の書斎の前のドアに立っていました。それは娘が妻…

掌編集・十一

(一) 朝から雨が降っていた。 雨粒に混じって、人間の歯も降ってきた。 靴底の溝にはまって取れない。 (二) 真夜中。 解体途中の映画館。 重機の屋根にカウボーイが背を曲げて座っている。 (三) 町じゅうの人間が夢を見た。 月に吠える夢。 翌朝、道行…

砂と妬み

バイト帰りに近所の公園を通りかかると、隣の家に住んでいる幼稚園児の男の子が、ズボンのポケットから何かを取り出しては砂場にせっせと埋めていた。いつもならそのまま通りすぎるところだが、男の子がちっとも楽しそうな様子もなく、鬼気迫る表情で作業に…

鏡と湯気

新しい鏡を買った。何の変哲もない姿見だ。さっそく部屋に飾ってみる。悪くない。しかし何だか曇っているように見える。鏡を磨いても変わらない。 よくよく目をこらすと、鏡の中の私の背後から、湯気のようなものが立ちのぼっていることに気がついた。あれの…

いごと先生

小学校の低学年のとき、何の授業の時間だったかは忘れてしまったが、担任の先生が早めに授業を切り上げ「今から回す紙に好きな言葉を書いてください」と言って、白い紙を配り始めた。当時からぼーっとしていた私は、先生の言葉の意味がよく理解できておらず…

思い出した

四歳か五歳くらいのとき、ある日とつぜん、頭の中に、家族の寿命が見えたことがある。 忘れちゃいけないと思い、画用紙に家族の名前と享年をメモして、自分のおもちゃ箱の中にしまっておいた。 しかしちょっと目を離した隙に、当時やっとハイハイが出来るよ…

傘と男

雨が降っている。私は傘をさして道を歩いている。十字路を右に曲がり、私は人気のない細い路地に入っていく。 私の前を人が歩いているのが見える。大きな黒い傘をさしている。大柄な男だ。私はぼんやりとその後姿を見ながら、とぼとぼと家路を急ぐ。 雨は止…

叔母さんと大きな手

久しぶりに叔母さんが家に来た。家族はあまりいい顔をしていなかった。この人のこと、私もよく知らない。 「あなたに似合うと思って」 二人きりになったとき、叔母さんはそう言って、キャリーバッグから古いレコードプレーヤーを取り出した。 「何ですか?」 …

訪問者

アパートのベランダから見える廃工場の敷地に、何だかわからない黒い鉄の箱があり、その存在に気づいたその日の晩、知らない家の呼び鈴を鳴らしている夢を見た。 仕事を求めてこの街にやってきたが、仕事より先に見つけなければならないものがあるような気が…

スケッチブックと灰

実家の押入れを整理していたら、古いスケッチブックが出てきた。表紙には私の名前が書かれているが、全然覚えがない。 何を描いたのだろう。 ページを開くと、草原にぽつんと建つ赤い屋根の小さな家の絵が現れた。「田」のかたちをした大きな窓と、花壇らし…

ペンキの缶と肉の壁

肉の壁が崩れた、と役所に電話が入った。私は上司といっしょにペンキを抱え、車で肉の壁に向かった。役所の駐車場の桜の樹は散りはじめていた。 道が空いていたので、十五分ほどで肉の壁に着いた。さっそく調べてみると、なるほど季節柄肉の壁はところどころ…