トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

ピース

粉々に砕け散った私の骨を、一匹の蜜蜂が一つ一つ集めて、私を元に戻そうとしている。 私が生きていた頃、庭によく来ていたあの蜜蜂らしい。 右手の小指の先をふらふらと運んできた蜜蜂に、「女王様に叱られたらごめんね」と言うと、蜜蜂は勇ましく羽を鳴ら…

SF

母の墓参りに行ったら、墓石が黄色に点滅していた。 どこかに出かけているらしい。

髪と陽

もう死んでやる、といつもの調子でつぶやいて彼女はビルの階段をのぼっていった。 うだるような暑さの中、僕は心身ともに疲れ果て、彼女を追いかける気力もなく、ただぼんやりと足元の影を見つめていた。 どのくらいの時間が経っただろうか、蝉の声がふいに…

液体

突然降り出した雨に思わず空を見上げると、雨雲に出刃包丁が突き刺さっていた。

煮込む

レシピには弱火で煮込むと書かれていたが、鍋の中からくしゃみが聞こえてきたので、思い切り強火にすることにした。

ツタ

遊び人だった父の葬儀会場に、何かの植物のツタがにょろにょろと入ってきて、器用に線香をあげ、再びにょろにょろと帰っていった。 葬儀が終わった後、親戚や父の友人にさっきのツタについて訊いて回ったものの、結局正体はわからずじまいだった。 とりあえ…

迫真

死体役として舞台に倒れている俺に、天井からぶら下がった人々が惜しみない拍手を送っている。

乾燥

やっとのことで回り始めた乾燥機の中から、チャリチャリという音が聞こえてくる。 ああ、そうか。 付け爪が外れてしまったんだ。

晩鐘

夕方の鐘の美しい音色が、茜色の町に響いている。 人通りもまばらな裏通りを歩きながら私は、ポケットに忍ばせていた彼の耳を取り出し、染み込ませるように鐘の音を聞かせてあげる。 部屋で眠る彼の夢が少しでも美しいものになるように祈りながら。

正体

雨が降るとは聞いていたけど、横殴りの風が吹くなんて聞いてない。 必死になって傘を握りしめていたらいつの間にか、手首の部分を固定している糊が、雨水で剥がれてしまっていた。 よりによって友達と一緒に帰っている時にだ。 あーあ。また転校だ。

種と扇風機

夏の暑さも和らいできたので扇風機を片付けようとすると、畳の上に小さな黒い種が落ちた。 スイカを食べた時に何かの拍子でくっついたのだろう。 種を拾い、庭に投げ捨てて扇風機を物置にしまった。 * 翌年のある春の日のことだった。 ふと庭を見ると、去年…

恐竜の恋人

毎夜見ていた夢の中で、私には恐竜の恋人がいた。 ある夜、まだ夢を見る前に彼が私の部屋を訪ねてきて、一番大きな牙を手渡してきた。 覚えたばかりの恐竜の言葉で「どうしたの?」と訊くと、彼はたどたどしい日本語で「もうお別れだから」と答えた。 その日…

カボチャ

ゆでた掌をザルに上げた瞬間、風呂上がりを連想してビールを飲みたくなった。 何でだろう。お酒なんて一滴も飲めないのに。 一度だけ飲んだことはあるんだけど、気持ち悪くなるばかりでちっとも酔えなかったから、それ以来お酒は飲んでいない。 もちろんビー…

山に返す

明日は恋人を山に返す日だから、せめて今夜くらいは酒でごまかすのはよそうと思う。

初恋と血

初恋の人の血を全身に浴びて、一匹の蚊が穏やかな顔で潰れている。

擬態

てっきり子猫だと思って拾ってきたのだが、掌に乗せて差し出した餌を、こいつ、耳の穴で吸い込みやがった。

ばいばい

一番脂の乗った部分のお肉を売って、キツイ匂いの香水を買った。 「美味しそう」と思われずに、好きなあの人と仲良くなりたかったから。

レシピ

この魚は死んだ後も涙を流し続けるので、塩は少なめにしましょう。

花火女

花火女のクミコさんが、火薬の詰まった頭を氷枕にのせて、悔しそうに夏祭りの灯りを眺めている。 「来年こそは打ち上がってやる」と彼女は意気込んでいるが、俺としてはその前にプロポーズするつもりだ。

蛸の絵

漁港に遊びに行った帰り、蛸を丸ごと一匹買い、生きたまま発泡スチロールの箱に詰めてもらった。 家に帰る車中で、一緒に遊びに行った娘が、バッグに入れておいた色鉛筆をなくしたと騒ぎ出したので、途中文房具屋に寄って新しい色鉛筆を買っていった。 家に…

猫の粒

飼いはじめたばかりの猫が逃げてしまった。 猫の粒を水で戻す時に、水の分量を適当に量ってしまったせいだろう。 もったいないことをした。 猫の粒、高かったのに。 「本物に近い」ってやつ買ったから。 本物知らないけど。

副業

彼女の大きなおっぱいに顔を埋めると、左のおっぱいから誰かの話し声がぼそぼそと聞こえてきた。「ごめんね、左も貸しちゃった」「……」「優しそうなおばあちゃんだったから……」 彼女のおっぱいだから俺がどうこう言えることじゃないけど、出来ればこんな副業…

笑う剥製

夫に浮気がバレそうな予感がしてきたので、面倒なことになる前に浮気相手を剥製にして、クローゼットの奥に隠すことにした。 表情やポーズは私が好きに決めていいと彼が言ってくれたので、彼の笑顔が好きだから剥製も笑顔にしてみたのだが、最近そのことをち…

先生のお話

夏休みだからといってだらしない生活をしてはいけませんよ。 神様に捧げられる人以外は夜更かしはやめましょうね。 ではまた休み明けに!

ミッシェル

ベッドの上の俺を優しく力強く締め上げながら、ナースキャップをかぶったその大蛇は、しなやかな尾の先でそっと病室の電気を消した。 ブラインドの隙間から差し込む月の光を受けて、闇の中に美しい牙が浮かんでいる。「ちょっとチクッとしますよ」 大蛇はハ…

急ぎ足

(夜中の2時頃。とある交差点。信号が赤に変わり、そこへ一台の車がやってきて止まる。)(運転手がぼんやり信号を待っているところへ、目の前の歩行者用信号が青に変わり、女の生首がゆっくりと横断歩道を渡っていく。) ……あいつ、ここのところ毎晩見るな…

今昔物語

押入れの奥から出てきたスケッチブックに、小さな掌のスケッチが描かれていた。 確か当時小学生だった私が、自分の掌を見て描いたものだ。 懐かしい気持ちで眺めていると、突然掌がスケッチブックからにゅっと飛び出てきて、私のおっぱいをわしづかみにして…

保護者の皆様へ

小さい子の手が届く場所にハサミを放置しておいてはいけないとつくづく思い知った。 昨日の夜、夕飯の片づけをしていたら、3歳になる娘が工作用のハサミを持ってベランダに出ていった。 何か嫌な予感がして慌てて追いかけると、夜空に浮かぶ月がウサギさんの…

ハードボイルド

将来を誓い合ったミミズに別れを告げる間もなく、ジャガイモは畑から掘り出され、鍋に放り込まれた。 これでいいのさ。 どのみち俺じゃあ、あの子を幸せにはしてやれない。 鍋の外では、新婚の奥さんがエプロン姿のまま、帰宅した夫の首に抱きついている。 …

蝶を逃がす

今朝も悲しい夢で目が覚めた。 深くため息をつき、認めたくなかった言葉を心の中でつぶやく。 やっぱり私たちは合わないみたいだ。 パジャマを脱ぎ、胸を開き、心臓のファスナーを開けると、白く美しい蝶がのろのろと這い出てきた。 何か言いたいのに何も浮…

不合格

休日をほぼ丸々使って完成させた犬小屋だったが、愛犬は舌打ちとともに小屋を一瞥し、チェーンソーをくわえて近くの森の中へ消えていった。

日焼け

海辺の町の小さな児童公園で、地元の子どもたちに混じって、真っ黒に日焼けしたミロのヴィーナスの両腕がトンボ捕りに興じている。 いやぁ、楽しそうで何よりだ。 * 両腕は突然この町に現れた。 漁船の網に引っかかったのか、のんびりと海流に乗ってここま…

掌編集・十七「震え、抵抗、魔女と線香花火」

【一.震え】 お母さんが夕飯の支度をしている台所から、包丁をまな板に叩きつける音とともに、短い悲鳴のようなものが聞こえてきた。 あれはやっぱり見間違いじゃなかったんだ。 スーパーから帰ってきたお母さんが手に提げていたビニール袋の中で、何かが手…

相合傘

「私、相合傘で帰るから」とニコニコ笑いながら、彼女はもう何十年も校舎裏に立ち続けている。

掌編集・十六「やさしさ、窓と卵、雨と野良猫」

【一.やさしさ】 シャンプーを洗い流そうとシャワーの栓をひねったが、お湯が出ている音はするのに、お湯が頭に当たっている感じがしない。 そっと目を開けると、誰かが私の頭上で傘をさしていた。 【二.窓と卵】 昨日買った卵の一つに、小さな窓がついて…

栓と鮫

年のせいなのか疲れのせいなのか、どうもどこかの栓がゆるくなっているらしい。 最近、しょっちゅう夢が外にはみ出す。 この間も、電車のつり革を握ったまま立ち寝してしまっていたところ、突然駅員に恐ろしい声でたたき起こされた。 びっくりして顔を上げる…

掌編集・十五「象は賢い動物です、櫛、骨め」

【一.象は賢い動物です】 象は賢い動物です。 たとえばあの象を見てください。 長い鼻でペンチを器用に操って、壊れた飼育員を自分で修理していますね。 本当は飼育員がいなくても生きていけるのですが、飼育員の家族が泣いているのを見て修理することにし…

鍋とぷにぷに

昨日のカレーの残りを朝ごはんに食べようと鍋の蓋を開けると、何か真ん中に深いくぼみのある、白くてぷにぷにしたパンのような物が鍋にぎっちり詰まっていた。 それがヘソと腹だと気づくまでにしばらく時間がかかった。

掌編集・十四「入れ食い、きっかけ、転校生と綿」

【一.入れ食い】 ご覧になりましたか、あの列車。 すっかり齧り尽くされていましたね。 あの山にトンネルを掘ったのがそもそもの間違いだったんですよ。 私のおばあちゃんが言ってましたもん。 アレはいつも腹を空かせているんだって。 【二.きっかけ】 呑…

パオパオ

休園日の動物園の象舎を点検しに行くと、象がパオパオ笑いながら踊り回っていた。 やめろと言っても聞こえていないようだったので、持っていた竹箒で頭を引っぱたいて無理矢理黙らせた。 後で他の飼育員に聞いたら、象の中の奴ら、休園日だからって朝から酒…

掌編集・十三「煙突、口が痛い、虎と下着」

【一.煙突】 友達と遊んだ帰り道、ふと何か嫌な気配を感じて後ろを振り返ると、近所の工場の煙突に大きな喉仏がくっついていて、夕焼け空を飛ぶ鳥の群れをごくごくと飲み込んでいた。 【二.口が痛い】 口の中が痛くて目が覚めた。 どうも口内炎や虫歯とい…

掌編集・十二:壁、十二時、クミコ

【一.壁】 日曜日の昼下がり、4歳になる息子が庭に出て、にこにこ笑いながら家の壁にホースで水をぶちまけていた。 いたずらしちゃダメでしょ、とホースを取り上げると、息子は困ったような顔をしてあっさり引き下がった。 次の日の朝、庭に出て洗濯物を干…

いい雨

蛙が口笛を吹いている。 今日はいい雨が降っているらしい。

縁側でスイカを食べていた時、庭にプッと種を吐き出したら、地面に華麗に着地して、そのままスタスタと歩き去っていった。

ママと涙

この前、妹が生まれた。 パパはとても喜んでいる。 パパは知らないみたいだ。 この子はパパとママの子どもじゃない。 ママが浮気していたのを私は知っている。 ずいぶん前から、ママの様子が変だった。 家事は全部済んだはずなのに、何かしら理由をつけて夜…

月と雨

昨日の夜は一晩中大雨が降っていたが、今朝は気持ちよくカラッと晴れた。 清々しい気分でテレビを点けると、ちょうど天気予報が流れていた。「今夜はキレイな満月が見られるでしょう」 その日の仕事帰り、家路を急ぎつつふと空を見上げると、なるほど確かに…

西日

窓から差し込む西日を何気なく指でつまんだら、案外あっさり剥がれてしまった。 窓の形に剥がれた西日をひらひらさせながら、何か良い使い道はないかとあれこれ考えてみたが、俺の頭では何も思いつかなかった。 一瞬、そういえばトイレットペーパーが切れか…

冷たい風船

冷蔵庫の扉を開けた瞬間、飛び出てきた風船に鼻の頭を小突かれた。 昨日買ってきた手首がどうしても離そうとしなかったので、仕方なくそのまま入れたのだった。 邪魔くさいなぁとは思うが、この風船が萎みきってしまう頃には手首も使い物にならなくなってい…

ある夜、交差点で信号待ちをしていたら、車のボンネットに何かが落ちてきた。 車を降りて拾い上げてみるとそれは流れ星で、表面に苔のようなカビのようなものが薄くびっしりとくっついている。 どうやら色々な人の願い事を背負いすぎ、その重みで落ちてきて…

アラーム

母のアラームランプが点滅している。 思い切って「お袋」と呼んでみたのだが、どうやらまだ早かったようだ。