トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

今夜からは

帰り道、近所のゴミ捨て場をふと見ると、誰かが出したゴミ袋の中に、商品の欄に私の名前が印字されたレシートが透けて見えていて、誰もいないはずの我が家に明かりが灯っていた。

ドミノ

買い物を終えコンビニから出ると、傘立てにあったはずの俺の傘がなくなっており、代わりに濡れた包丁が一本置かれていた。

荒野の一人

自由の女神の欠片、モナリザの欠片、西瓜畑の欠片、私の住処の傍を流れる濁った川に、今日も様々な欠片たちが浮き沈みしている。 何もない荒野の中心でひざを抱え、この川を眺めるのが、今の私の唯一の日課だ。 私の欠片は、まだ見つからない。

しつけ

「誰かハナちゃんのお散歩行きなさい」 母はそう叫びながら、今日も犬だった骨片を振り回している。

帰る人たち

近所の公園の隅にある池で水死体が発見された。 今年に入って五人目だ。 以前は何の変哲もないただの池だったが、ある日とつぜん水が白く濁りはじめ、その直後から水死体が頻繁に上がるようになった。 近所の人たちの話によると、死体はみな男性で、一人暮ら…

猫とおばあさん

隣の家に住んでいるおばあさんが、今日もニコニコ笑いながら、庭に集まった野良猫たちにエサを与えている。 ずいぶん前に、こういうのはトラブルの元になりますから気をつけた方がいいですよ、とさりげなく注意したことがあったのだが、怒鳴られて追い返され…

愛の迷宮

ラブホテルの清掃員をしている。 昨日、ある部屋のバスルームに、コンドームと一緒に蛸の吸盤が落ちているのを見つけた。 今日、たまたま通りかかった近所の魚屋さんの前に、パトカーがたくさん停まっていた。

ありがとう

今朝、「ありがとう、ありがとう」という自分の寝言で目が覚めた。 何か夢を見ていたはずなのだが、内容がちっとも思い出せない。 しかし、今日に限って大嫌いな上司がいつまで経っても出勤してこないことと、何か関係がある気がする。

黄金の街

雨の日が好きです。 私を街に近づけないために撒かれたあの薬が、少しだけ薄まるからです。

ノルマ

ストレッチャーに乗せられて手術室に向かう途中、廊下の両端に、明らかに人間じゃない生き物たちが立っていて、私の手に次々とポケットティッシュを押しつけてきた。 今、ポケットティッシュが手元から全てなくなっているのは、たぶん手術が成功したからだと…

家庭の事情

家庭の事情で引っ越してきたという転校生の弁当箱には、白米と梅干し、そして色とりどりの古びたお守りが整然と詰められていた。「お年寄りみたいだよね」 そう言ってハハハと笑った転校生の奥歯には、見たこともない文字が彫られていた。

カス

プレゼントした指輪ごと全部捨てたのに、よりによってサメが指を食い残した。

睡蓮と女

焼き芋の屋台だと思って覗き込んだ荷台の木箱には、濁った水と睡蓮と、睡蓮の間に浮かぶ女の死体が揺れていた。 わずかに開いた死体の口からは、良い酒の香りが漂っていた。「ありがとうございます」 屋台を引いているおばさんはそうつぶやいて、月明りに目…

グルル

彼女と別れ話をするのに公園を、しかも繁みの近くのベンチを選んだのは失敗だった。 真剣な話をしている最中ずっと、彼女が耳の中で飼っているキリンが首を伸ばし、繁みの葉っぱをむしゃむしゃ食っていたせいで雰囲気が台無しだったのだ。 そもそもあいつが…

ドン・キホーテ

いつものようにお得意先の寿司屋にビールを配達しに行くと、電気の消えた店内で、誰かの影ががもぞもぞと動いていた。 目をこらすと、頭に蛸をかぶった大将が、一心不乱にお品書きを破り捨てていた。

ピーターパン

この図書館に勤める司書は新人の頃、ちょっと変わったある作業を担当するのが習わしになっています。 それは、毎朝、来館者が訪れる前に児童書のコーナーへ行き、床に散らばった白髪の束を片づけるという作業です。 はい? それだけです。 ええ。 はい。 あ…

赤と青

ある休日の午後、昔の恋人がベビーカーを押しながら、突然我が家を訪ねてきた。「何?」「今、時間ある?」「あるけど」「よかった。私、ないんだ」 そう言って彼女はベビーカーのひさしを外した。そこには、時限爆弾がくくりつけられていた。「どっちがいい…

四月の夜の夢

私がまだ若かった頃、当時勤めていた幼稚園に泥棒が入ったことがあった。 ちょうどその前日に月謝を集めて金庫に入れたばかりだったので、関係者総出で盗まれたものを調べたのだが、何度確認しても、盗まれたのは園児たちが描いた家族の絵だけだった。 色々…

注意書き

パッケージの注意書きを何気なく読んでいると、「温める際は衣服を脱がせてください」という一文が目に飛び込んできた。 慌てて電子レンジの扉を開けたが、時既に遅く、眼鏡や服は真っ黒に焦げ、ネクタイに至ってはすっかり燃え尽きていた。 中身を使う分に…

大人と大人

怪物に頭をかじられる直前、怪物の口の中に、ミントのガムの匂いが満ちていることに気がついた。 恥ずかしかった。 食べられるとわかっていれば風呂に入ってきたのに。

風に吹かれて

9割引き。 7割引き。 半額。 3割引き 1割引き。 額に重ね貼られた派手な色のシールを一枚一枚剥がしていき、最後に現れた少し湿った肌を指で撫でた後、その人はビルの屋上からゆっくり飛び降りた。

あつい、あつい

「あつい、あつい」 とつぶやきながら、私の耳の穴の中から何かが出てこようとしている。

すれちがい

近所の自販機の横にある空き缶用のゴミ箱には、「指をつかまれても無視してください」という注意書きが貼られている。 何度もためらったような煮え切らない文字で、ただその言葉だけが書かれている。 仕事の行き帰りにその自販機を頻繁に利用するのだが、注…

砂の城

妻の携帯の待ち受け画面は、俺の寝顔だ。 間抜けな顔で眠りこける俺の顔のあちこちに、無数の子どもの歯型が浮かび上がっている写真だ。 よく、撮れている。

胎動の日

ある夜、帰路を急いでいると、町で一番大きな交差点に大勢の男女が寝そべっていた。 皆でアスファルトに耳をつけて、「あ、動いた」「動いたね」と口々に言いながら微笑み合っている。 音を立てぬようそっと横を通り過ぎた時、街灯の光に照らされた彼らが、…

くさり

私の父は毎年3月2日の夜に、一人物置に行って雛人形に命乞いをしている。 その甲斐あってか我が家は今のところ平穏無事に過ごしているが、あの命乞いが誰のためのものなのかについて、父は頑なに口を閉ざしている。

にんぎょ姫

今日に限ってキスをせがむ女房の上唇と下唇の間を、鮫の背びれが行ったり来たりしている。

旅びと

私がまだ小学生だったある日、夕暮れの海岸通りで、口の中いっぱいに切符を詰め込んだおじさんとすれ違ったことがあった。 怖くて動けない私をよそに、おじさんは妙に膨らんだお腹を大事そうに抱えながら、砂浜を横切ってそのまま海中へと歩いていき、そして…

また会う日まで

ワンツースリーで手品師が指を鳴らした。 次の瞬間、切断された私の下半身が跳ね起き、嬉々として劇場を飛び出していった。

センチメンタルジャーニー

洗面所の排水口に落としたコンタクトレンズを追いかけていった右の目玉が、めぐりめぐって、今は誰かのポケットの中から青空を眺めている。