トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

帰郷

今朝、軒下にある蜘蛛の巣に、図鑑でしか見たことのないような美しい、大きな蝶が引っかかっていた。 こんな蝶が近所にいるのかと不思議に思いながら家を出ると、いかにもよそゆきといった洋服に身を包み、たくさんの標本箱を抱えた巨大な蜘蛛が、お隣の家に…

宝くじ

隣の家の娘さんの話を要約すると、毎朝アパートの壁越しに聞こえてくる物音の正体は、隣の家族が新聞のお悔やみ欄を回し読みしながら発する舌打ちの音らしい。

ベビーパウダー

赤ん坊の耳掃除をしていたら小さなネジが出てきた。 慌てて病院に駆け込むと、先生も看護婦さんもとても丁寧に対応してくれて、ネジはすぐに元通りになった。 夜、仕事から帰ってきた夫に、「産んだばかりなのに壊したかと思った」と言ったら、「産んではい…

弔う象

夜の動物園の闇の向こうに、袈裟を着たゾウが消えていく。今夜、何かが死んだのだ。 しばしの静寂の後、遠くから暗闇を押しのけるように、地響きにも似た読経と、荒々しい木魚の音が響いてくる。 サルはそっと耳を塞ぎ、ライオンは夢の中で狩りを続ける。目…

相槌

うんうん。 そうなの。 あらあら。 なるほどねえ。 私の胸に聴診器を当てたまま、医者が何かに相槌を打ちはじめた。 これからどうするの。 そうだよねえ。 いや、君は悪くないよ。 はい。 さよなら。

おしゃれ泥棒

夜空を見ていたら、突然巨大な耳たぶが現れ、三日月をぶら下げて消えてしまった。 テレビを点けると、地球の裏側では、やはり巨大な耳たぶとともに、太陽が消えてしまったらしい。 地球中に漂うきつい香水の匂いを嗅ぎながら、今日も私たちは空っぽの空を見…

決別

いつお墓参りに行っても、我が家の墓石にだけ子どもの足跡がついていないのが、すごくすごく寂しい。

僕の先生は

「弟が欲しい」と先生に相談すると、次の日、先生は新しいお父さんとお母さんを買ってきてくれて、組み立てまで手伝ってくれることになった。 しかし、お母さんを組み立てた後、先生は「一人で進めていてくれるかな」と言い残し、組み立てたばかりのお母さん…

22時40分

電気を点けようと暗闇を手で探っていたら、何かコリコリした物に手が触れた。結論から言うと、喉仏だった。

原因

あら、今月は水道代が高いわ。 あの女を沈めたせいね。

天気予報にチャンネルを合わせると、日本地図全体を「!」マークが覆っていた。 明日は太陽が四角い日なので、 知っている方以外とは絶対に言葉を交わさないよう 注意してください 女性アナウンサーはそう言って頭を下げた。 参ったな。 明日面接なのに。

おつかれ

ベランダで夕焼けの光を浴びながら物思いにふけっていると、夕日が沈みきると同時に、向かいのアパートの一室からオレンジ色の人が出てきて、とぼとぼと夜の闇の中へ消えていった。

もしもし。 警察ですか。 車で人を轢いたのに笑ってるんですよ。 あ、私がです。

今朝もぬいぐるみ工場の前にたくさんの子どもたちが並んでいる。 色々な理由で世間から忘れられた子どもたちだ。 彼らはこれからあの工場で、長い時間をかけて体をほどかれ、やがてぬいぐるみを縫う糸になる。 今年もクリスマスの季節がやってくる頃には、お…

ピクニック

昨日は家族でピクニックへ行きました。 海がよく見える高台で、みんなでお母さんのサンドイッチを食べながら、海の底を歩いている人たちを眺めました。 手錠をしたおじいさんがウツボに脚をかじられて転んだのを見て、みんなで大笑いしました。 あっちに生ま…

予兆

今朝、砂浜に無数の魚が打ち上げられているのが見つかった。 急いで海底を調べてみると、全ての魚の電源が切られていた。 海に異変が起きているらしい。

綿とこころ

ぬいぐるみを散々いじめてから糸をほどいてごらん。綿が出てくると思っているとびっくりするよ。 それが彼女の最後の言葉だった。

ドミノ

喫茶店の隅の席で、若い母親がベビーカーに向かっていないいないばあをしている。 母親が「ばあ」と手を広げるたびに、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくる。 微笑ましい光景だが、ベビーカーの中から笑い声が聞こえてくるたびに、喫茶店のすぐ傍の交差…

牛と雷鳴

「ラストオーダーになりまーす」 という店員の声が焼肉店に響くと同時に、店の裏手から雷鳴のような牛の吠え声が聞こえてきた。

教育者

我が家の花壇に植えられた花々は、一番美しい時期が過ぎると自ら、庭の隅の肥溜めに向かって茎を伸ばしていきます。 父と母の教育の賜物です。 私もいずれ

帰宅

庭で死んでいた黒い鳥の、大きく開けられたくちばしの中を何気なく覗くと、粘ついた暗がりの中に人間の目があって、こちらをじっと見つめていた。 目は何かを訴えるように二度三度まばたきをして、涙をぽろりとこぼした。 ああ、これは妹の目だ。 去年、飛行…

リッチマン

屋上に行くと隅の方に無人販売所があって、薬のカプセルみたいな物が並べられていた。 看板の説明によると、これを飲むと血の色を好きに変えられるらしい。 100円置いて緑色のを買って、水を持ってこなかったことをちょっと後悔しつつ飲み込み、フェンスを越…

カーテン

授業中、××君が、「保健室に行く」と言って教室を出ていった。 しかし、放課後になっても××君は戻ってこなかった。 部活に行くために外に出たら、校庭の隅に人だかりが出来ていた。 見ると、××君が土を食べていた。 次の日も、××君はまだ土を食べていた。 結…

坂の家

先生が頭をかきむしりながら、丸めた原稿用紙を畳の上に投げ捨てる。 この作品のために殺された先生の奥様の死体が、部屋の隅でまた少し腐っていく。 遠くで夕暮れの鐘が鳴っている。 壁に立てかけられた奥様の中からひょいと顔を出した蛆が、部屋に差し込む…

アフター

治療ではなく実験だと気づいた時には、私は既に巨大なアスパラガスになっていた。

方法

家の近所に、「人を食う化け物が棲む」と言われている山がある。 先日、その山の入り口にパトカーが何台も停まっており、野次馬がそれを遠巻きに眺めていた。近所の奥さんが野次馬の中にいたので話を聞いてみると、どうやら不審者が山の中をうろついているら…

集める係

ランドセルを開けると、髪の毛がどっさり入っていた。他の子のランドセルには、手足や目玉が入っていた。 集める係の子が教壇に上がり、集めるための箱の蓋を開けた。「教科書が汚れちゃった子は図書室で交換してきていいからね」 先生が優しく微笑んで言う…

ライオン

「あの、すみません」 西日の差す席に腰掛けていたライオンはおずおずと前脚をあげ、ウェイトレスを呼び止める。「はい」「あの、30分くらい前に、その……注文したんですけど……」 ウェイトレスはみるみる不機嫌な顔になり、黙って厨房に引き返す。隅に仕掛け…

足音

風呂掃除をしようと扉を開けると、排水口に泥が詰まっていた。 昔私が森で見捨てたあの子の命日が、今年も近づいてきているのだ。

定期報告

毎年この時期に漁に出ると、引き上げた網の中に、魚に混じって一台の古びたそろばんが引っかかる。 玉の並びは毎年微妙に違うが、古参の漁師の話では、その前年に海で亡くなった人の数とぴったり一致しているらしい。 そろばんを見つけてしまったら、そのま…