トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

アルミホイル

このところ、夜空を見上げても月が三日月のまま形を変えない。不思議に思っていると、ある晩、三日月がアルミホイルに包まれた状態で姿を現した。テレビでは天気予報が、ここ数日にかけて猛烈な熱帯夜になると言っていた。そのためのアルミホイルか。どうか…

聖剣

眠っている間に脳味噌を寝違えたらしく、右目にだけ夢の続きが映り続けている。ドラゴンを連れた若奥さん、翼の生えた電信柱、蔦の絡まった通勤快速。そんな調子で会社に着くと、部長の禿げ頭に、聖なる剣が突き刺さっていた。しかも私が近づくたびに、柄の…

たこ焼き

朝起きたらまつ毛が重たい。視界一杯になにかがぼんやり映っている。鏡を覗くと、まつ毛に小さな輪投げの輪がいくつも引っかかっていた。そういえば、かすかにソースと花火のにおいが漂っている。ゆうべは、お祭りだったらしい、小さい人たちの。それで合点…

バグ

胸にいつの間にか切り傷ができていて、痛くもなければ血も出ない。念のため絆創膏を貼り、しばらくしてから何気なく剥がしてみたら、切り傷はコイン投入口になっていた。試しに百円入れてみると、素晴らしく美しい口笛がひとりでに喉の奥から溢れてきて、た…

赤信号

ここの赤信号はすごく長い。特に晴れの日。青空に少し雲のある日。ここの赤信号の中には瞳があって、それが流れる雲をいちいち眺めているから、すごく長くなるのだ。しびれを切らしたかのように青信号が灯り、赤信号はあわててまぶたを閉じる。ドライバーた…

照れ

実に立派な形の入道雲が浮かんでいたので写真に収めようとした時、何か違和感を覚えた。よく目をこらすと、入道雲の傍に、しゃもじが一本浮かんでいた。あの入道雲を盛る際に使われたものだろう。「しゃもじ、忘れてますよ!」空に向かってそう叫ぶと、一瞬…

賽銭箱

近所のさびれた神社を何となく訪れ、古びた賽銭箱に小銭を投げ入れたら、妙な音がした。賽銭箱の中を覗き込むと、そこには小銭ではなく義眼がぎっしり。鈴を鳴らし、手を合わせている最中、ずっと賽銭箱の中から視線を感じていたから、本物の目玉も混じって…

死んだ風

子どもの頃、道ばたで死んだ風を見つけた。落ちていた棒でつついてみると、死んだ風はさらさらとさびしい音を立てた。そっと持ち上げて顔に当ててみたが、ちっとも涼しくなかった。死んだ風をカラスがねらっていたので、カラスに持ち去られてしまう前に、足…

のぼり

近所の古びた薬局の店先には、「元に戻る薬」とだけ書かれたのぼりが立っている。ある雨の日、そののぼりを、一匹の蛙がじっと眺めているのに出くわした。……もう元に戻って蛙なのだろうか、それとも蛙から別のものに戻るつもりなのだろうか。いずれにせよ、…

くちばし

ある朝起きたら、のど仏のあった場所に、鳥のくちばしが生えていた。黄色くてかわいいくちばしだ。このくちばし、普段はうんともすんとも言わないくせに、俺が他人の悪口を言っている時だけ、ぴーちくぱーちく鳴きやがる。いさめているのか、それとも賛同し…

時給

お昼頃、朝から降り続いていた雨がふいにやんだ。空を見上げると、雨雲から縄ばしごが垂れていて、そこから次々と作業服姿の人たちが降りてくるのが見えた。作業服の人たちは地面に降り立つと、めいめい牛丼屋や定食屋に入っていき、午後1時ちょっと前に再び…

きらきら

あたまのなかが、あのひとのかおでいっぱいだったので、ぬいばりをもったままふとんへはいり、ゆめのなかでひとつひとつわっていくことにした。ゆめのなかはあんのじょうあのひとのかおでいっぱいで、わらったかお……ないたかお……おこったかお……こまったかお……

おめかし

雲をシャツに、鳥の影を蝶ネクタイにして、やけにめかしこんだ太陽が、いつもより赤い顔で、いつもより早い時間に、地平線の向こうへ沈んでいった。どんなわくわくする集まりがあるのか知らないが、明日の朝寝坊するなんてことはないようにしてほしい。かわ…

威厳

とある動物園の近くにあるコンビニに立ち寄ったところ、レジスターのひきだしにライオンのたてがみがぎゅうぎゅうに詰め込まれているのを見かけた。「何?」店員に訊くと、「アイス一本分足りなかったんですよ」という答えが返ってきた。早速動物園に行き、…

出世

何時間寝たかわからない。ふと目が覚める。部屋で寝ていたはずなのに、目の前には青空が広がっている。どうしたことだ。寝返りを打とうとするが、金縛りに遭ったように体が動かない。どうしたことだ。どうにかこうにか右腕をぐっと上げると、メキメキ、とい…

ぼこぼこ

夕暮れ時。一人、部屋でぼんやりと壁を眺めている。壁に伸びる俺の影。夕日を浴びて無駄に長く伸びている俺の影。にゆっくり手を伸ばし、少しずつちぎっては、口に放り込み、それを酒であおる。影をちぎっては酒を呑み、ちぎっては酒を呑む。夕暮れ時という…

のびしろ

ある朝目覚めると、かかとにくっついていた「、」が、「。」になっていた。参ったな。自分にはもう少しのびしろがあると思っていたのにな。

七つの子

夕暮れの公園、ベンチに座る品のいい紳士と、傍らに置かれた黒い大きな鞄。遠くからは子どもらの遊ぶ声が聞こえる。そしてそれを見守る女たち。女たちは子どもらを眺めながら、時折、危ないわよ、とか、仲良く遊びなさい、と声をかけつつニコニコ笑っている…

寝返り

満月の夜、彼女の耳は、魚のえらになる。ぼくは彼女を風呂場へ連れていき、浴槽の中のぬるい水に沈める。少し苦しそうだった彼女の寝顔が、すうっと笑顔に変わる。ぼくにはその瞬間が、うれしくて寂しい。満月の夜、彼女は水の中でほんとうの彼女に戻る。ぼ…

観光名所の寺院の入り口で、俺だけ止められた。 「あなたは近いうちに人殺しになるから、ここには入らないでください」 ツアーガイドは顔を引きつらせて、坊さんの言葉をそう訳した。 俺は黙って、地元の不味い煙草を吸いながら、みんなの帰りを待っていた。…

地獄

今日は時間とお金に余裕があったので、地下鉄を乗り継いで地獄へ行った。半年前に死んだじいさんがいるだろう、と思って見回してみたが、それらしい亡者はいなかった。あんな強欲なじいさんが地獄に落ちていないなんてちょっとおかしいぞと思った。家に帰っ…

じゅっ

あの人といっしょに呑んでいたら、「好きだよ」という言葉が思わず口をついて出た。慌ててグラスの酒を飲み干す。熱くなりすぎた唇が、酒に触れて、じゅっ、とかすかな音を立てた。

抜け殻

今日は太陽が二つ出ている。正確には、片方は太陽が脱皮した殻だ。つるつるの太陽と、くすんだ抜け殻が二つ空に浮かんでいるのだ。子どもの頃は脱皮したての太陽がぴかぴか輝くのを見るのが好きだったけど、今は、抜け殻がゆっくり宇宙に溶けていくのを見届…

知恵

本棚の奥の動物図鑑から、焼き肉のにおいが漂ってくる。しばらく読まないうちに猿たちが知恵をつけてしまったらしい。

しゃっくり

今回の旅行のメンバー全員の集合写真を撮った直後から、カメラのしゃっくりが止まらない。一枚目からいきなり大人数の写真を撮ったせいかもしれない。仕方ない、どこか、カメラがびっくりするような景色を探そう。

ぴょん

朝、鏡を覗くと、頭のてっぺんから髪の毛が一本、ぴょんと飛び出していた。かっこ悪かったので抜いてしまおうと思い、ぐいっと引っ張ってみて気づいた。それは髪の毛ではなく、ほつれた糸だった。面倒くさがらずに、ハサミで切ればよかったなぁ。どうしよう…

つん

冷蔵庫が唸るブーンという音の中に、ぼそぼそと低い声が混じっている。冷蔵庫が、中の物にまた何かよけいなことを吹き込んでいるらしい。翌朝、台所に行くと、鶏の手羽先が朝の空に向かって必死に羽ばたいていた。何だか鼻の奥がつんとした。

月明かり

手術室の扉の隙間から、月明かりが漏れている。そうむずかしい手術ではないそうだが、傷にさわるといけないので、飛行機の夜のフライトはとうぶん禁止になるらしい。手術室の前の長椅子には、杵と臼が無造作に置かれていた。うさぎはどこへ行ったのかと看護…

寝相

夜中、テスト勉強に疲れてふと窓の外に目をやると、見たこともない星座が夜空に浮かび上がっていた。注意深く星々を結ぶと、それは私の妹の寝姿になった。寝相の悪い妹が、ベッドから夜空へ転がり出てしまったらしい。今夜は熱帯夜だから、窓を開けっ放しに…

ベンチ

病院の中庭にある一脚のベンチ。朝の日を浴びてぴかぴか光っている。あたたかそうだが、誰も座っていない。そこへ病院の老先生がやってきて、ベンチの前にひざまずき、聴診器を取り出すと、ベンチの上の虚空に向かって、それをあてがう。時折うんうんとうな…