トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

霧雨

近所のコンビニの傘立てにずーっと置きっぱなしにされていた青と赤の二本の傘、の間に、今日、ちっちゃな傘が横たわっていた、子傘が生まれてしまったらしい、買い物ついでに、レジ打ちをしていた店長に話を聞くと、「いやあ、もう、しょうがないからうちで…

死んだ娘の夢を見た朝はいつも、目から頬へ、涙の筋が、四本、残っている、娘も、泣いてくれているのだ、私とともに、私の夢の中で、私の中で、それが、心を、とてもあたたかく、そして、さびしくさせる、顔を洗う、歯を磨く、線香をあげ、ふいに、また、涙…

洋梨

今夜の満月はなんだかプルプルしていておいしそうだ、と思った矢先、大きなスプーンが現れて、満月の端っこをちょっとすくって消えていった、ああ、そういえば、今夜から月の満ち欠けのやり方が変わります、ってテレビのニュースでやってたっけ、スプーンで…

目医者の奥さん

目医者の奥さん、自転車のカゴに、畑で採れた目玉をたくさん詰めて、爽やかに走っていく、こんにちはあ、と声をかけると、目医者の奥さん、わざわざ自転車をとめて、いい天気ですねえ、と満面の笑みで、その笑みにどこかいつもと違うものを感じたので、何か…

ある日の真夜中、「細部まで精巧に再現しました」と博物館が胸を張る城下町のジオラマの周りを、殿様の幽霊がぐるぐる歩き回っているのを見た、唇をとがらせて、城の窓の数を数えていた、ああ、いいなあ、これぞ監視カメラ冥利に尽きる光景だ。

テイクフリー

「あらら、雪だるまの顔だけ先に溶けちゃったんだね」「ううん、さっき、首のないお姉さんが来て、持っていっちゃったの」

リモコン

庭の物置を整理していると、かびくさい箱に入ったよくわからないリモコンを見つけた、何気なく「入」のボタンを押すと、リモコンはピッと鳴った、が、家の方で何かが動いた様子はなかった、その日の夕方、玄関先に知らない爺さんが二人やってきて、「××君、…

空っぽのバス

買い物の帰りに、空っぽのバスを見た、誰も乗っていない、空っぽのバスを見た、空っぽのバスに、夕日が満ちていた、空っぽのバスにおそらく、静寂が満ちていた、運転手の顔は、捨てられた人形のようだった、空っぽのバスが、角を曲がっていった、群れを離れ…

毛糸玉

夜空に浮かぶ毛糸玉、月のかわりの毛糸玉、ある夜地球と喧嘩して、ぷいと家出してしまった月のかわりに、夜空に浮かべられることになった毛糸玉、ちょっと黄色い毛糸玉、はじめのうちは居心地悪そうだったけど、最近ではすっかり月の顔になってきた毛糸玉、…

メトロノーム

中学の時、笑わないことで有名な音楽の先生がいた、いつも仏頂面でピアノを弾き、仏頂面で合唱の指導をしていた、嫌な先生ではなかったが、笑った顔を見たことがないというのが災いし、何となく生徒からは避けられていた、ある日の放課後、掃除をしに音楽準…

家賃

誕生日に、砂浜できれいな巻貝の貝殻を拾った、自分へのプレゼントとして家に持ち帰った、が、使い道がなかった、結局十五分で元の場所に帰ってきた、砂浜に投げ戻そうとした時、ふと、この貝殻に、ヤドカリが住みついてくれないかな、と思いたち、ヤドカリ…

ごめんよ芋虫

公園に散歩に行き、草の上に寝ころんでしばらく空を眺めていたら、突然何だか心許ない気分になってきたので、まさかと思ってシャツを脱いで確かめてみると、俺の名前の一文字が、芋虫にかじられてなくなっていた、もっとも、名前があってもなくても構わない…

隣の音

休日の朝だというのに、アパートの隣の部屋から、かれこれ一時間近く、まな板を包丁で叩く音がトントントントン鳴り続けている、どんな料理を作っているのか知らないが、さすがにイライラして、一言言ってやることにした、「すいませーん」、ドアチャイムを…

爆笑

近所の公園に行き、何気なく池を覗いたら、俺の顔が水面に映った瞬間、池の鯉たちが腹をよじらせて爆笑しはじめた、実に、実に気分が悪い、たぶん、この間、この池に沈めた女房が余計なことを吹き込んだんだろう。

アート

美術館へ行ったら、ある額縁の前に、くしゃくしゃに丸められた紙がころんと転がっていた、現代アートなのかな、と思ったが、次の日、テレビのニュースを見てびっくりした、自殺だったそうだ。

しおりひも

いい本だった……とおもわずつぶやくと、本のしおりひもがまるで犬のしっぽみたいにじゃれてきた、いなかの図書館のよく陽のあたる席でのことだ、背表紙をなでてやるとペラペラと心地よい音をたててページがめくれた、借りて帰ろうと思ったが、よく見ると「貸…

はらわた

釣り針にかかった魚はすでにはらわたが食いちぎられていて、そのかじった跡には真っ赤な口紅がついていた、古参の漁師に見せてみると、彼は、あっ、と小さく驚いたあと、苦笑いを浮かべ、そういや、派手好きな女だったからなア、と言ったきり黙ってしまった…

まりも

ある時から月は欠けるのをやめ、周りの星々を取り込みながら、まりものように膨らんでいき、やがて夜空一杯の大きさになった頃、ふいに地球にぷいと背を向けどこか遠くへ行ってしまった、まるまる肥えた月の傍らには風呂敷包みが一つあり、その中には地球で…

死期がすぐそこまで迫ってきているこの毎日、もっぱらの楽しみは、病院近くの公園に行って、シャボン玉を膨らませて遊ぶこと、子どもの頃から勉強ばかりで、こういう当たり前の遊びを全然してこなかったから、こんなものが新鮮で楽しくて仕方ない、ただ一つ…

濡れたハンカチで口をおさえ、早歩きで通りを行く女、真っ赤な顔の女、のやってきた方には真っ赤な夕日、にはよく見れば口づけの跡、夕日の熱ですっかり焦げ跡になってしまっているが、それは確かに女の唇の跡、いくつもいくつも残されている、そしていつも…

ハミング

お風呂場の外壁のすぐそばにあるもぐらの穴からハミングが聞こえてきた、中でもぐらが歌っているらしい、珍しいこともあるものだ、と二十分くらい聴いていたが、全部心当たりのある歌だった、どころか私の好きな歌ばかりだった、ああ、そうか、私が毎晩お風…

ペラッ

しとしとと雨が降り続ける午後、静かな部屋に、本のページをめくる音だけが、やけに大きく響いている、ペラッ……ペラッ……ペラッ、それ自体は何でもない音だが、問題は、それが身重の女房の腹の中から聞こえるということだ、俺は訊く、「……病院の先生は何て?…

リスその他に

少し嫌なことがあり、うつむきかげんで公園の並木道を歩いていたら、地面を埋め尽くす落ち葉の中に、虫食いの穴の形と大きさが全く同じものが何枚も混じっていることに気づいた、ので不思議に思いつつ拾って集めていると、十枚集まったところで、何か大きな…

やる気

端から端へファスナーのついた大きな雲が、肘をつき片膝を立てて寝転がるおじさんの形で、ゆっくり空を流れていく、微動だにせず、やる気なく、流れていく、流れていった、風に流されて、いってしまった、退屈な田舎町の空だからと思って油断していたのかも…

林檎の樹

「夢を見たよ 夢の中で俺 山のように大きくなってたから 俺ん家食ってみたんだ そしたら何も味がしなかったよ だから 庭に 林檎の樹でも 植えなきゃならないね」 はい、お義父さん。

晩酌

晩酌の肴にかじっていたスルメイカが、口の中の歯車に挟まった。鉄の指を口の中に突っ込んで、問題の歯車を探る。ああ、あった、これだ。歯車からイカを引っこ抜き、ほっと一息ついて、酒を流し込んだところで、ふと思い出す。確か二、三百年前にも、似たよ…

かみ

きのうは、××ちゃんのうちで、おとまりかいだったけど、ねるまえになって、おぶつだんのあるへやから、かみのやけるにおいがしてきたから、やっぱり、かえることになった。きょう、××ちゃんにがっこうであったら、まゆげのあたりに、ひっかかれたきずがあっ…

夕暮れの列車に乗っていた。向かいの席に女が座っていた。女は胸に、ガラス細工の赤ん坊を抱いていた。ガラス細工の赤ん坊に夕日が反射して、俺の目を射るのでちかちかする。よく磨かれているようだった。ガラス細工の赤ん坊は、女の腕の中で、うんともすん…

鼻ちょうちん

祖母の葬式の最中、どこからかいびきが聞こえてきた。注意してやろうといびきの出所を探ると、祖母の遺影から鼻ちょうちんが出たり引っ込んだりしていた。今はすっかり笑い話になっているけど、その時はなぜかそれを見て親族みんなでわんわん泣いてしまった。

叱られて

夜、俺たちが寝ている間に、地球の裏側で、何かやらかしたらしい。朝起きて、何だかいつもより眩しいな、と思ったら、太陽がたんこぶをいくつもこしらえていた。