超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

にょうぼとお日様

 今日は風が吹くたび、太陽がやけにぶらぶら揺れるので、よく目をこらすと、太陽のてっぺんに、りんごみたいなヘタがのびていて、それが風でちぎれそうになっていた。とっさに両手を器の形にして、いつ太陽が落ちてきてもいいようにと待ち構えていたが、その日は何とか無事に、地平線の向こうへと沈んでくれた。晩飯を食っている時、明日からどうすんの、とにょうぼが訊くので、気づいちまったからには明日も俺がああしているしかないだろう、と少しいばって答えると、にょうぼはそっと軍手を手渡してくれた。そう言うと思ったよ、これがありゃもしお日様があんたの手に落ちてきても、熱くないだろ、と。ああ、にょうぼよ。ほんとに気が利くにょうぼよ。優しいにょうぼよ。おでこが広くてかわいいにょうぼよ。ああ、にょうぼよ。俺は明日からいちんちじゅう機嫌よく、太陽が落ちてくるのを待つことができそうだ。

紙吹雪

 仕事の帰り道、ふと見上げた満月に、くす玉の紐が垂れ下がっていた。手を伸ばして掴もうとしたが、掴めなかった。ということは、あれは私のものではないらしい。
 家に帰り、カップラーメンの3分を待っている時、空からカタン、と音がした。窓の外を見てみると、満月が割れて垂れ幕が夜風に揺れていた。こちらから見えたのは裏面だったので、何を祝われているのかはわからなかったが、紙吹雪が星々に紛れて綺麗だと思った。おめでとう誰か。

持つところ

 昔、近所に住んでいたお姉さんが弾くピアノの音には、「持つところ」がついていた。お姉さんの家によく遊びに行っていたぼくたち兄妹は、「持つところ」に指を引っかけてピアノの音をつかまえては、帽子のつばにぶら下げてみたり、指で弾いてその音色を楽しんだりしたものだった。それが当たり前だと思っていたから、小学校に上がって、先生が弾くピアノの音に「持つところ」がついていないこと、そしてそれが普通だということにとても驚いたものだった。お姉さんはいつの間にか引っ越していなくなってしまったけど、今頃どうしてるのかな。「持つところ」がついているピアノの音、に心当たりがある人は教えてください。

くしゃくしゃ

 洗濯機から洗濯物を取り出すと、何だか全部ほんのりピンク色に染まっている。色物なんてなかったはずなのに、おかしいなと思い調べてみると、シャツの胸ポケットから、くしゃくしゃになった恋心が出てきた。このシャツを着ていたのは先週の金曜日。ああ、そうだ、駅であの人を見かけた日だ。初めて見る人なのに妙に胸がドキドキするとは思ったが、どうやら一目惚れだったようだ。そのとき胸から飛び出した恋心が、胸ポケットに引っかかってしまったらしい。くしゃくしゃになった恋心をそっと広げると、ほのかに甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。今日は金曜日、もう一度駅に行ってみようかな。今度は胸ポケットの無い服で。