「あらら、雪だるまの顔だけ先に溶けちゃったんだね」「ううん、さっき、首のないお姉さんが来て、持っていっちゃったの」
リモコン
庭の物置を整理していると、かびくさい箱に入ったよくわからないリモコンを見つけた、何気なく「入」のボタンを押すと、リモコンはピッと鳴った、が、家の方で何かが動いた様子はなかった、その日の夕方、玄関先に知らない爺さんが二人やってきて、「××君、遊びに来たよう」としゃがれた声で叫び始めた、××とは、こないだ死んだ祖父の名前だ、もしかして、さっきのリモコンか、リモコンを再び物置から取り出し「切」のボタンを押すと、玄関先の爺さん二人はハッとした顔をしたあと、それはやがて苦笑いに変わり、リモコンを一瞥してきびすを返し、とぼとぼとどこかへ帰っていった、そういえば祖父は毎年、年賀状が届くのをとても楽しみにしていたが、このリモコンの存在を知ってしまった今、あの大量に届いていた年賀状のうち、何枚が「本物」だったのだろう、と思った、リモコンは祖父の墓に供えることにした。
メトロノーム
中学の時、笑わないことで有名な音楽の先生がいた、いつも仏頂面でピアノを弾き、仏頂面で合唱の指導をしていた、嫌な先生ではなかったが、笑った顔を見たことがないというのが災いし、何となく生徒からは避けられていた、ある日の放課後、掃除をしに音楽準備室を訪れると、ドアの向こうから、ハ、ハ、ハ、というぎこちない声が聞こえてくることに気づいた、そっとドアを開けて中を覗くと、件の先生がひきつった笑顔でメトロノームの前に立ち、そのテンポに合わせて、ハ、ハ、ハ……と笑う練習をしていた、私は、恐ろしかったのか、悲しかったのか、色々が混じった複雑な感情を覚え、そっと音楽準備室の前から立ち去った、そこを偶然担任に見つかり、掃除をさぼるなと叱られたが、もう音楽準備室には戻りたくなくて、走って逃げたのを覚えている、それからすぐ後、その音楽教師は別の学校へ移っていき、二度と会っていないが、今頃あの人、どこかでちゃんと笑えているのだろうか、私はといえば今でもたまに調子が悪い時などには、あのぎこちない笑顔とメトロノームの音に合わせた笑い声が夢に出てきて、そんな日は決まって一日顔が引きつって、おいしいものを食べてもうまく笑えない。
家賃
誕生日に、砂浜できれいな巻貝の貝殻を拾った、自分へのプレゼントとして家に持ち帰った、が、使い道がなかった、結局十五分で元の場所に帰ってきた、砂浜に投げ戻そうとした時、ふと、この貝殻に、ヤドカリが住みついてくれないかな、と思いたち、ヤドカリがいそうな場所を適当に見繕って、そこに貝殻を置いて帰ってきた、あの貝殻にヤドカリが住んでくれたら、家賃に小魚でももらおうかな、あ、でも毎月わざわざ小魚だけもらうの微妙に面倒くさいな、あ、そうだ、家賃として海の話でも聞かせてもらおうかな、その方が楽しそうだ、そんなことを考えながら家路についた、靴の中は砂でじゃりじゃりだったけど、近年では一番充実した誕生日だった。