超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

乾杯

 耳をつんざくような
「乾杯!」
 の声がきこえたつぎの瞬間、ぼくたちは宇宙にほうりだされていた。

 ふりかえると、地球のまわりの大小さまざまな星々が、地球めがけてぶつかってきたらしく、その衝撃でぼくらは宇宙にほうりだされたのだということがわかった。

 よっぽどめでたいことがあったのだろう。
 地球のむこうにある大きな顔が、てれくさそうに赤くなっていた。

 めでたいのはかまわないが、もうすこし、紳士的に乾杯してほしかった。

蛸、あじはしらない

 まいにち、ゆうぐれどきに、みせのまどのまえをとおるおんなのこが、てをふっていたあいては、おれではなく、いけすのなかの蛸だった。蛸のやろう、さいきん、ゆうぐれどきにやたらあかいから、よくしらべたら、そういうことだった。あるよる、蛸のにぎりをちゅうもんしたきゃくがいたので、れいの蛸をひきずりだして、さばいて、くわせた。あじはしらないが、きっとうまかったんだろう。つぎのひから、おんなのこはみせのまえをとおらない。

再開

 押入を整理していたら、古いトランプが出てきた。昔はこれでよく遊んだものだ。懐かしい気分になり、カードを箱から取り出して何となく切っていると、一枚のカードが手の中からぴょんと飛び出してゴミ箱に飛び込んでしまった。そんなに激しい切り方したかな。驚きつつゴミ箱の中を覗くと、ジョーカーのカードに描かれたピエロが、青い顔で酔い止めの薬を飲んでいた。

好き嫌い

 あなたの部屋の上の部屋で男が殺されたんです。若い警察官はそう言った。
 けれど死体が見つからないんです何か知りませんか。若い警察官はそうぼやいた。

 さあ。
 そうですか。

 それから一週間ほど経った頃、私の部屋の天井に、その殺されたという男らしい顔が染み出てきて、とうとう滴になって垂れてきた、ので、バケツに溜めることにした。全部溜まったらあの警察官のところへ持っていってやろうと思っている。バケツに半分ほど溜まってきた最近では、バケツを震わせて感情らしきものを表すようになってきた。特にトマト料理を作っている時、バケツは激しくガタガタと揺れる。トマトが好きだから揺れるのか、それとも嫌いだから揺れるのか、もう少しバケツに男が溜まったら、ちゃんと訊いてみたいと思っている。