超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

フライング

 町で一番高いビルの屋上から、帰る家のない男が飛び降りた。
 春の明け方の出来事だった。
 サイレンの音と光が近づいてくる中、どこからかわらわらと湧き出てきた野次馬の誰一人として、男の背の上で、羽根のちぎれた蝶が泣いていることに気づく者はいなかった。

張り合い

 せっかく料理を覚えはじめたのに、恋人と別れて、作る張り合いがなくなってしまったので、色々なところから鼻を集めてきて、部屋の壁一面に貼りつけてみた。料理を作るたびに鼻が一斉にふんふんし出すのが可愛くて、自然と料理もはかどるようになった。
 たまに我が家に遊びに来る義姉は「どうせなら口も集めれば?」と言う。でも、それは何か違うと思っている。
 それは何か違いますよね?

モダンタイムス

 病院の売店に置かれているガチャポンのカプセルを開けると、血の入った小袋が出てきた。
 大当たりだ。
 でも、お母さんを元気にするにはまだまだ足りない。
 財布の中を見てみると、今月のお小遣いは残りわずかだった。
 どうしようかな。
 まあいいか。
 アイスも食べたいし、来月また挑戦しよう。

やりがい

 授業中にお腹が痛くなったので、保健室に行くと、優しい先生はすぐにベッドの用意をしてくれた。お礼を言ってベッドに潜り込み、とにかく眠ってしまおうと目を閉じた。
 十分程経った頃だろうか、ようやくうとうとしかけてきた時、カーテン越しにかすかに先生の声が聞こえてきた。
 いつの間にか誰か来たのかな、と思ったが、その割には人の気配がしない。そっとカーテンの隙間から覗くと、先生が「つまらーん、つまらーん」と繰り返しながら、赤いペンをデスクの上でめちゃくちゃに動かしていた。