超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

取引

 何となく寝付けないので、隣で寝ている女の顔を眺めていたら、ふいに女の腹の辺りに掛かっている布団の下で、何かがもぞもぞと動いた。
 不審に思って布団をめくると、女の腹の上を、積荷を背負った馬と商人らしき男が歩いていた。
 馬と商人は女の体の上をゆっくりと歩いていき、やがてその大きな乳房の間に潜り込んで、そのまま見えなくなった。
 布団を掛け直し、頭を振り、台所に行き、顔を洗い、深呼吸をして寝室のドアを開けると、女が苦しそうな声を上げている。
 慌てて電気を点けると、女の枕が真っ赤に汚れており、女の鼻の穴に、先ほどの商人と馬の死体が突っ込まれていた。

決心

 初めて彼女とホテルに行った。
 シャワーを浴びて僕の前に立った彼女は、右のわき腹に蝶つがいが取り付けられていた。
 「背中にはあまり触らないでね」
 そう言って彼女は僕をベッドに押し倒した。
 僕は曖昧に頷き、彼女の胸に顔を埋めた。
 ノックの音のような心臓の鼓動が頭の奥に響いていた。

予習

 ある春の夜、公園を歩いていると、静寂の中にかすかに蝉の鳴き声が聞こえた。
 まだ夜は肌寒いというのに、ずいぶん気が早い。何より、足元の方から聞こえてくるような気がする。
 誰かのイタズラかと思いつつ耳を澄ませてみたところ、どうやら樹の根元の地面に何かが埋まっているらしいということがわかった。
 周りに人がいないことを確かめ、手で土を掘っていく。
 爪の隙間にすっかり土が詰まってしまった頃、蝉の鳴き声の出所がようやくわかった。
 柔らかい土の中で眠りこける蝉の幼虫が装着していたヘッドホンがずれて、そこから音が漏れていたのだ。
 ヘッドホンを正しい位置に戻し、再び土をかぶせる。
 今年の夏には、今日の予習の成果を聞くことができるだろうか。

 この前夫が健康診断を受けた病院から、妻である私だけが呼び出しを受けた。
 何事かと思っていると、医者は「ちょっとこれを見ていただきたくて」と切り出し、夫の肺のレントゲン写真を取り出した。
 写真を見ると、夫の肺に影がくっきりと写っている。
 髪の長い女が、気管の方へ慌てて逃げようとしている瞬間の影だ。
 「心当たりはないですか」と医者に言われ、ある時期、夫の帰りが妙に遅い日が続いていたことを思い出した。
 母と私は浮気を疑ったが、結局何も証拠が見つからなくてうやむやのまま終わったのだ。
 こんな場所にかくまっていたとは。
 ある日突然禁煙を始めたのもこの女のことがあったからか。
 「ご夫婦一緒にいる時にお伝えするのも、アレだと思ったので……」と医者は気まずそうにつぶやいた。
 ああ、もう。
 これからのことを考えると頭が痛くなってくる。
 こんな手の込んだ浮気をするなら、レントゲンくらい乗り切れよな。