ベッドの上の俺を優しく力強く締め上げながら、ナースキャップをかぶったその大蛇は、しなやかな尾の先でそっと病室の電気を消した。
ブラインドの隙間から差し込む月の光を受けて、闇の中に美しい牙が浮かんでいる。
「ちょっとチクッとしますよ」
大蛇はハーブティーの香りのする声でそうつぶやき、俺はゆっくりと頷く。
数秒の静寂の後、細く冷たい感触が首に刺さった。
大蛇が大きく息を吐き、俺を締め上げていた力を少し緩める。
「この後は」
俺は大蛇に尋ねる。
「僕はあなたのお腹の中ですか?」
「いえ、私の仕事はここまでですよ。後は……」
大蛇は病院の廊下の方へ大きく首をもたげ、
「……先生が」
と続けた。
耳を澄ますと、遠くからきびきびとした足音が近づいてくるのがわかった。
主治医の若ハゲだろう。
徐々に朦朧としてくる意識の中で、俺は大蛇に言った。
「……次はネズミに生まれ変わって、会いに来ます」
「それじゃ腹の足しにもなりませんわ」
「……じゃあ、牛かな」
「ふふ、今度はちょっと大きすぎ」
「……じゃあ……」
大蛇は冷たい鼻先で俺の唇を塞ぎ、囁いた。
「人間に生まれ変わって、また会いましょう?今度は病院じゃない場所で。そうしたら私も……」
大蛇が何か言いかけた時、病室のドアが勢いよく開いた。
主治医の低い声とともに部屋の電気が点き、俺の視界は闇に包まれた。
急ぎ足
(夜中の2時頃。とある交差点。信号が赤に変わり、そこへ一台の車がやってきて止まる。)
(運転手がぼんやり信号を待っているところへ、目の前の歩行者用信号が青に変わり、女の生首がゆっくりと横断歩道を渡っていく。)
……あいつ、ここのところ毎晩見るなぁ。
(頬の肉も目玉も落ち、うじが湧いているような状態にも関わらず、女の生首はずるずると湿った音を立てながら、どこかを目指して夜の闇の中へ消えていく。)
……あいつ、すごい執念だなぁ。
(自動車用信号が青に変わる。車が走り去る。)
*
(翌日。)
(夜中の2時頃。とある交差点。信号が赤に変わり、そこへ一台の車がやってきて止まる。)
(運転手がぼんやり信号を待っているところへ、目の前の歩行者用信号が青に変わる。)
……あいつ、今夜は来ないのか。
(自動車用信号が青に変わる。車が走り出す。)
……あ。
(交差点から少し離れた場所にある歩道橋の階段を、女の生首が必死にのぼっている。)
……何だか知らないけど、今夜は急いでるみたいだなぁ。
(歩道橋の下を車が走り去る。)
(女の生首が目指す方向から、救急車のサイレンの音が響いてくる。)