超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ママと涙

 この前、妹が生まれた。
 パパはとても喜んでいる。
 パパは知らないみたいだ。
 この子はパパとママの子どもじゃない。
 ママが浮気していたのを私は知っている。
 ずいぶん前から、ママの様子が変だった。
 家事は全部済んだはずなのに、何かしら理由をつけて夜遅くまで台所にいる。
 どうも怪しいと思い、一度そっと台所を覗いてみたら、私は見たのだ。
 ママがいつもケーキやクッキーを焼いているオーブンの中に、裸のママがするすると吸い込まれていくのを。
 ベビーベッドでぐずる妹をあやしながら、妹の涙をそっと指で拭って舐めてみた。
 案の定、妹の涙はチーズケーキの味がした。
 馬鹿馬鹿しくて泣けてきた。
 頬を伝って流れる私の涙が、妹の口の中にぽたりと落ちた。
 妹がわっと泣き出した。
 ごめんね。
 セロリとトマトの味は、やっぱり赤ちゃんにはちょっと早いみたいだ。

月と雨

 昨日の夜は一晩中大雨が降っていたが、今朝は気持ちよくカラッと晴れた。
 清々しい気分でテレビを点けると、ちょうど天気予報が流れていた。
「今夜はキレイな満月が見られるでしょう」
 その日の仕事帰り、家路を急ぎつつふと空を見上げると、なるほど確かにキレイな満月が夜空に堂々と浮かんでいた。
 クリーニングのタグをぶら下げたまま。

西日

 窓から差し込む西日を何気なく指でつまんだら、案外あっさり剥がれてしまった。
 窓の形に剥がれた西日をひらひらさせながら、何か良い使い道はないかとあれこれ考えてみたが、俺の頭では何も思いつかなかった。
 一瞬、そういえばトイレットペーパーが切れかかっていたな、と頭をよぎったが、その案はすぐに却下した。
 結局、西日は近所の川に投げ捨てた。
 ジュッ、と音を立てて西日は消え、俺の指先には何か埃っぽいにおいが残された。

冷たい風船

 冷蔵庫の扉を開けた瞬間、飛び出てきた風船に鼻の頭を小突かれた。
 昨日買ってきた手首がどうしても離そうとしなかったので、仕方なくそのまま入れたのだった。
 邪魔くさいなぁとは思うが、この風船が萎みきってしまう頃には手首も使い物にならなくなっているはずなので、そういう意味でわかりやすい目安ではある。