超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

星と塩素(改訂)

 生徒が帰った後の夜のプールを片づけていたら、突然水面に何かがバシャンと落ちてきた。
 おそるおそる近づいてみると、何だか丸くて、柔らかく光っている。
 根拠はないが危ないものという感じはしなかった。拾い上げてみるとほんのり温かかった。
 一体これは何なのだと手の中でこねくり回しているうちに何かピンと来て夜空を見上げると、案の定いつもより星の数が少ないような感じがした。
 どうやら星の一つがうっかり落ちてきてしまったらしい。
 届くかどうかわからないがとりあえず夜空に向かって思い切り投げてみたら、星は吸い込まれるように夜空に戻っていった。
 大事にならなくてよかった。ほっとして家に帰った。

 あれから毎年この季節に夜空を見上げると、プールにいるわけでもないのに、ふいに塩素のにおいが鼻をつくことがある。
 最初のうちはただ懐かしいなぁと思うだけだったが、今はせめて水で洗ってあげればよかったと少しだけ申し訳なく思っている。

スタンド・バイ・ミー

 俺がバイトするコンビニに深夜、オモチャのロボットが酒を買いに来た。
 自分の背丈ほどもある缶ビールを抱えて出ていく足音が、カチャカチャと物悲しかった。
 街はもう3月だ。
 オモチャのロボットにも酔わなきゃやってられないような別れがあるのだろう。

生きものの記録

 のぼり坂を機嫌よく歩いていたら、それまで吹いていた心地の良い風がとつぜん凪いでしまった。
 お母さんから渡された買い物のメモを握りしめたまま、不安になって立ち止まる。
 耳を澄ますと、坂の上の丘の向こうから、ペンを動かす音が響いてきた。
 どうやらまだ続きが出来上がっていないらしい。

 今度の人はずいぶん遅い。
 前の人の方が早かった。
 まあ、前の人はお母さんを病気にしてしまったけど。

めまい

 自転車のかごに神様の首を放り込んで、野球帽の少年が山道を駆け下りていく。
 少年の火照った胸にまとわりつく汗を、夏の風が心地よく舐めていく。
 自転車のかごの中で揺られる神様の首を見ながら少年は、同級生の驚く顔を想像する。
 これで俺が一番だ。
 上機嫌な少年はほくそ笑み、いつもの駄菓子屋の前に自転車を停める。
 一方、それと時を同じくして、少年の家では、まだ幼い彼の妹のおっぱいが、突然かたく張り出していた。