超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

生きものの記録

 のぼり坂を機嫌よく歩いていたら、それまで吹いていた心地の良い風がとつぜん凪いでしまった。
 お母さんから渡された買い物のメモを握りしめたまま、不安になって立ち止まる。
 耳を澄ますと、坂の上の丘の向こうから、ペンを動かす音が響いてきた。
 どうやらまだ続きが出来上がっていないらしい。

 今度の人はずいぶん遅い。
 前の人の方が早かった。
 まあ、前の人はお母さんを病気にしてしまったけど。

めまい

 自転車のかごに神様の首を放り込んで、野球帽の少年が山道を駆け下りていく。
 少年の火照った胸にまとわりつく汗を、夏の風が心地よく舐めていく。
 自転車のかごの中で揺られる神様の首を見ながら少年は、同級生の驚く顔を想像する。
 これで俺が一番だ。
 上機嫌な少年はほくそ笑み、いつもの駄菓子屋の前に自転車を停める。
 一方、それと時を同じくして、少年の家では、まだ幼い彼の妹のおっぱいが、突然かたく張り出していた。

鈴と金魚

 誰かが落とした鈴を飲み込んだ金魚が、縁日の屋台の桶の中をりんりんと泳ぎ回っている。
 鈴の分だけ体が重いから、誰にもこの金魚をすくうことはできない。

 祭の灯が消え縁日から人が去る頃、ほとんど空っぽになった桶を片付け、「しかたねえなお前は」と愚痴りながら、今日も屋台の親爺は金魚とともに家に帰る。
 飯を食い風呂を浴び、鈴の音を聴きながら酒を呑むとき、こいつにそろそろ名前でも付けてやろうかと、親爺はぼんやりそんなことを考える。

ファミリーサーカス

私がまだ幼かった頃
星を盗んで食べたことがあります

怒ったお月様に追いかけられて
よく噛みもせず慌てて飲み込んだもんだから
大人になった今でも
お腹の中で星は光ったままです

だから
今まで子どもは何人も出来たけど
皆「まぶしい」と言って
生まれる前に去ってしまいます