超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

月になる

 夜中にこっそりベッドを抜け出し、夜空に寝そべり、黄色い毛布をすっぽりかぶり、満月のマネをしてふざけていた姉は、やがて夜の闇に少しずつかじられて、半月になり三日月になり、とうとう跡形もなく消えてしまった。
 次の日の朝、病院の人は、誰もいないベッドのシーツを換えながら、「たまにあるんだ、こういうこと」とため息をついていた。

ラバーズ

 さよなら、愛しているよ。

 真っ二つに切られる直前、トマトは確かにそう叫んだ。
 べとべとになった手を洗い、冷蔵庫を開けると、レタスときゅうりがほのかに赤く色づいていた。

 野菜室の中で何があったか知らないが、今日の夕方こいつらを八百屋で買ったとき、店のオヤジがほっとしたような顔をしていたのをふと思い出した。

 いつもより少しイライラしながら一人分のサラダを作り、念入りに噛み砕く。
 早くうんこになってくれないかなと、思っている。

猫と列車

 満員電車に揺られていたら、どこかから猫の鳴き声が聞こえてきた。
 乗客がざわざわしながら辺りを見回しているが、どうも私の足元に声の主がいるらしい。
 そっと下を見てみると、子猫が2匹、不安そうに私を見上げていた。

 白と灰色のまざった子猫が2匹、右の靴下には白い猫、左の靴下には灰色の猫。
 どうやら昨日棚にしまった時、違う靴下同士を組み合わせてしまったらしい。

 ますます大きく鳴き始めた子猫たちの声を聞きながら、自宅の方で生まれた子猫たちのことと、アパートの管理人への言い訳を考えて、朝から少し憂鬱になった。

 公園の藤棚の鳥の巣に、給食のパンをちぎってあげていたら、立派な服を着た人たちが空の上からおりてきて、「巣の中に巣があるわね」と笑いながら僕にパンを投げて寄越した。

 僕は力なく笑いながら、パンについた砂を払った。

へそと手紙

 弟か妹のつもりで接していた屋根裏のネズミがある日、俺の部屋にお別れを言いに来た。いつものぼさぼさの毛皮ではなく、小さな宇宙服を着て、小さなヘルメットを小脇に抱えていた。
 天井を指さすので、天井の板を外し屋根裏を覗くと、小さな通信機の光のチカチカの向こうに、小さなロケットのシルエットが堂々とそびえていた。
 餞別の絆創膏をネズミに手渡して、目的地に着いたら手紙でもくれよと言うと、ネズミは少し笑ってチュウと答え、俺の服の中にもぐりこみ、へそにキスをして屋根裏に戻っていった。

 その日の晩、天井からぶら下がる裸電球を眺めながらベッドに寝転んでいたら、予期せぬ轟音とともにアパートがブルブルと揺れた。
 ネズミのロケットが発射されたらしい。
 慌てて窓の外を見ると、ねじれたロウソクみたいな変な形のロケットが、真っ直ぐ夜空に向かって飛び去っていくところだった。

 発射の時の衝撃でアパートはしばらく停電になるし、部屋も廊下もあちこち埃だらけになるし、屋根に大きな穴が空いて管理人は怒っているし、まったくしょうがないやつだと思いながら、今は毎日ポストを覗いて、ネズミからの手紙をひそかに待っている。