超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

影が膨らんでいく

 夕暮れ時、路地に伸びる自分の影が、いつもより濃いような気がした。
 よく見ると、俺の影の中に、一回り小さい別の影が見えた。

 俺の影に、影が生まれたようだった。それで濃く見えたのだ。
 すると、俺はもうすぐ消えるらしい。俺の影が、次の俺になるために、その影が生まれたのだ。

 急な話だ。何だかあっけない。俺の時もこうだったのかな。

 俺もかつては俺の影だった。初めて全身に陽の光を浴びた時のじわっと感を、今でもよく覚えている。
 いや、訂正。今さらになって思い出している。

 影じゃなくなれば、楽しいことばかりだと思っていたけど、そうでもなかったな。

 夕日が眩しい。
 足下で影が膨らんでいく。

 何か言った方がいいのかな。

 影じゃなくなると、夜が心細いぞ。
 だから早く友だち作れよ。
 それじゃ。

マザー

 最近ハイハイを覚えたばかりの息子が、せわしなく部屋を動き回っている。
「××!おいで!」
 そう息子を呼ぶと、息子は、わざわざ俺のいる方のウィンカーを点け、直角に曲がって俺の足下へやってきた。
 こういう几帳面なところはマザーにそっくりだ。

 ちゅっ。
 ピピッ。